寅次郎 is baaaaack!
寅さんが5年ぶりに主役としてメインプロットに復帰する第46作。瀬戸内海の孤島、マドンナに松坂慶子を迎え、“秒”で惚れる寅さんなど、観客が長きに渡って愛した寅次郎が帰ってくる。満男と島の娘・亜矢の爽やかで官能的な恋も瑞々しく描かれ、正調・男はつらいよの復活に花を添えている。
松坂 慶子(当時 41歳)
役名:坂出葉子
職業:神戸の料理店経営
松坂慶子は第27作『浪花の恋の寅次郎』以来、2度目のマドンナ。雨の中ひっそり帰ろうとする寅さんを引き止めるシーンはもはや大衆演劇。号泣嗚咽シーンは豊富なキャリアを持つ大女優ならではの安定感だ。
第46作「男はつらいよ寅次郎の縁談」解説・評論
日本中が愛した、あの寅次郎が帰ってきた!
満男シリーズ開始以降、作品は満男と泉の恋愛を中心に描き、寅さんの恋はサブプロットに収まってきた。しかし第46作『寅次郎の縁談』は、寅さんが主役としてメインプロットに復帰、これまで何度となく見られた「マドンナに献身する寅次郎」が帰ってくる作品である。
寅さんシリーズは最初期、無頼なフーテンが美女に惚れ込み、無様にフラれるまでを描く純然たる喜劇映画だった。しかし第8作『寅次郎恋歌』あたりから作風が変わる。登場する美女は心に悩みを抱え、寅さんはそれを解決するため涙ぐましい奮闘努力をするようになる。その行為は自らの恋愛成就を目的としていない点で、無私の献身といえるものであった。
やがてこの設定は渥美清の十八番となり、彼が演じる寅次郎は無性に笑えてしかも泣ける、稀有なキャラクターになった。本作ではその「正しい寅次郎」が実に5年ぶりに復活する。直近4作品にはこうした寅次郎が不在で、そのため映画は「寅さん」でありながら、どこか「寅さん」ではなかったのである。
寅さんの献身が描かれるのは物語の終盤。寅さんはマドンナ葉子(松坂慶子)と相思相愛の関係に至るが、わずかなボタンの掛け違いで、葉子の元を去ることになる。映像では描かれないが、寅さんは去り際、葉子の父親に彼女が借金している事実を打ち明け、力になってやってほしいと懇願したのだろう。
後日父親は「寅次郎君に聞いた。気づかなくてすまない」と詫びながら、葉子に土地の権利書など財産をすべて譲り渡す。受け取る葉子はしばらく呆然としているが、やがて「いらんのに、こんなもん」とつぶやき、激しい嗚咽を始める。葉子が望んでいたのは、置き手紙のような情けではなく、ただ一つ、愛する寅さんが自分のそばにいてくれることだったのだ。
子供のように泣きじゃくる葉子と、ただ海を見つめている父。これを小津安二郎ばりのローアングルで静かに捉えるカットが素晴らしい。寅さんの不在がこのシーンの情感を一層際立たせており、映画終了後もその余韻は美しく続く。時に不器用で、時に滑稽なものでもあった寅さんの献身は、加齢を経てダンディズム溢れる優しさへと変わったのである。
サブプロットに収まった満男の恋の相手は、島の看護婦・亜矢(城山美佳子)。どこか浮世離れした美少女・泉と違い、どこにでもいるかわいい娘・亜矢と満男の恋愛は、若者の性欲が自然に発露する様子をうまく描いており、好感が持てる。
すでにガンが進行していた渥美清は、顔色、声にやや衰えを見せるものの、その印象を吹き飛ばすほどに作品が充実している。久方ぶりの正調・男はつらいよが楽しめる晩年の秀作である。
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第46作「男はつらいよ寅次郎の縁談」 作品データ
公開 | 1993年(平成5年)12月25日 |
上映時間 | 104分 |
主な出演者 | [車寅次郎]渥美清 [諏訪さくら]倍賞千恵子 [坂出葉子]松坂慶子 [諏訪満男]吉岡秀隆 [上田亜矢]城山美佳子 [田宮善右衛門]島田正吾 [坪内冬子]光本幸子 [浜崎伝助]西田敏行 [車竜造]下條正巳 [車つね]三崎千恵子 [諏訪博]前田吟 [桂梅太郎]太宰久雄 [源公]佐藤蛾次郎 [ポンシュウ]関敬六 [三平]北山雅康 [オープニング・花嫁の父]すまけい [琴島の駐在]笹野高史 [琴島の和尚]桜井センリ [千代子(琴島のおばさん)]松金よね子 [誠(琴島の連絡船従業員)]神戸浩 |
同時上映 | 釣りバカ日誌6(西田敏行) |
観客動員数 | 216万2,000人 ※『男はつらいよ』寅さん読本/寅さん倶楽部[編]より |
洋題 | Tora-san’s Matchmaker |
「男はつらいよ」全作品解説リンク
- 第1作『男はつらいよ』
- 第2作『続・男はつらいよ』
- 第3作『男はつらいよフーテンの寅』
- 第4作『新・男はつらいよ』
- 第5作『男はつらいよ望郷篇』
- 第6作『男はつらいよ純情篇』
- 第7作『男はつらいよ奮闘篇』
- 第8作『男はつらいよ寅次郎恋歌』
- 第9作『男はつらいよ柴又慕情』
- 第10作『男はつらいよ寅次郎夢枕』
- 第11作『男はつらいよ寅次郎忘れな草』
- 第12作『男はつらいよ私の寅さん』
- 第13作『男はつらいよ寅次郎恋やつれ』
- 第14作『男はつらいよ寅次郎子守唄』
- 第15作『男はつらいよ寅次郎相合い傘』
- 第16作『男はつらいよ葛飾立志篇』
- 第17作『男はつらいよ寅次郎夕焼け小焼け』
- 第18作『男はつらいよ寅次郎純情詩集』
- 第19作『男はつらいよ寅次郎と殿様』
- 第20作『男はつらいよ寅次郎頑張れ!』
- 第21作『男はつらいよ寅次郎わが道をゆく』
- 第22作『男はつらいよ噂の寅次郎』
- 第23作『男はつらいよ翔んでる寅次郎』
- 第24作『男はつらいよ寅次郎春の夢』
- 第25作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花』
- 第26作『男はつらいよ寅次郎かもめ歌』
- 第27作『男はつらいよ浪花の恋の寅次郎』
- 第28作『男はつらいよ寅次郎紙風船』
- 第29作『男はつらいよ寅次郎あじさいの恋』
- 第30作『男はつらいよ花も嵐も寅次郎』
- 第31作『男はつらいよ旅と女と寅次郎』
- 第32作『男はつらいよ口笛を吹く寅次郎』
- 第33作『男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎』
- 第34作『男はつらいよ寅次郎真実一路』
- 第35作『男はつらいよ寅次郎恋愛塾』
- 第36作『男はつらいよ柴又より愛をこめて』
- 第37作『男はつらいよ幸福の青い鳥』
- 第38作『男はつらいよ知床慕情』
- 第39作『男はつらいよ寅次郎物語』
- 第40作『男はつらいよ寅次郎サラダ記念日』
- 第41作『男はつらいよ寅次郎心の旅路』
- 第42作『男はつらいよぼくの伯父さん』
- 第43作『男はつらいよ寅次郎の休日』
- 第44作『男はつらいよ寅次郎の告白』
- 第45作『男はつらいよ寅次郎の青春』
- 第46作『男はつらいよ寅次郎の縁談』
- 第47作『男はつらいよ拝啓車寅次郎様』
- 第48作『男はつらいよ寅次郎紅の花』
- 第49作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花【特別篇】』
- 第50作『男はつらいよお帰り寅さん』
- 番外編 テレビドラマ版『男はつらいよ』
- 番外編1『虹をつかむ男』
- 番外篇2『キネマの天地』
- 番外編3『男は愛嬌』
- 番外編4『山田洋次×渥美清 TBS日曜劇場傑作選 4作品DVDボックス』