哀愁漂う、過渡期の寅さん
美しい晩秋の風景が印象的な第28作。寅さんの加齢、同業者の哀れな末路、薄幸なマドンナ等の諸要素が重なり、シリーズ中最も哀愁漂う作品に仕上がった。岸本加世子が家出娘を好演、明るさをもたらしているが、作品全体のトーンはあくまで物悲しい。シリーズとしても寅さん個人としても、次の展開を模索するような過渡期的作品である。
音無 美紀子(当時 32歳)
役名:倉富光枝
職業:テキ屋の女房→旅館の仲居
テキ屋の女房として苦労を重ねた薄幸のマドンナ。夫の余命を寅さんに告白する場面では、西陽に照らされた潤んだ瞳が印象的。シリーズ中もっとも夕陽が似合う黄昏のマドンナである。
第28作「男はつらいよ寅次郎紙風船」解説・評論
男はつらいよシリーズ中、もっとも哀愁が漂う「過渡期の寅さん」作品
第28作『寅次郎紙風船』の味わいを端的に言えば「哀愁」のひと言に尽きる。人、風景、エピソードなど、哀愁に満ちた要素が満載で、寅さんシリーズにおけるペーソスの極北を行く作品といっても過言ではない。
その要因の一つに「寅さんの加齢」があるのは間違いない。本作の寅さんは甥っ子の満男に煙たがられ、小学校の同窓会でも鼻摘み者となる。シリーズ初期の彼なら笑い話で済んだエピソードも、もやは50歳に手が届く初老の男の経験となれば、漂う哀愁が半端ない。
旅先で寅さんが出会う登場人物たちも悲哀に満ちている。再会したかつてのテキ屋仲間(小沢昭一)は、病により余命幾ばくもない。あばら屋に住み、死を目前に控えながらも、ひとまわり若い妻に執着する姿は哀愁を誘う。
彼に寄り添う妻の光枝(音無美紀子)も、どこか影を背負ったマドンナである。彼女が夫の余命を寅次郎に告白するシーンでは、薄暮に包まれた晩秋の風景が彼女の薄幸を際立たせている。物語の終盤、柴又駅のシーンでも黄昏に包まれる彼女は、斜陽が実によく似合うマドンナだ。本作の哀愁は音無美紀子によってもたらされている面も多分にあるだろう。
そんな哀愁漂う作品における唯一の明るさが、当時21歳の岸本加世子である。家出娘の愛子を演じる彼女には、人懐っこい野良猫のような可愛さがある。兄役の地井武男と繰り広げる激しい喧嘩は成瀬巳喜男『あにいもうと』のオマージュであり、この場面における岸本の熱演は本作の見どころの一つである。
さて、物語は光枝と愛子、二人のエピソードが絡み合い進行していくが、やはり光枝パートの物悲しさが作品の主調となっている。今ひとつ盛り上がりに欠ける脚本に、加齢の影響が出始めた寅さん、黄昏が似合う薄幸のマドンナ、そしていたずらに美しい晩秋の風景と、物悲しさを誘う種々の要素が折り重なった結果、おそらく製作者側も意図していない、強烈な哀愁が漂う作品として完成した。
「初めて見る寅さん作品」としてはお薦めできない作品だが(そのような人も少ないと思うが)、寅さんシリーズ全体を一つの長い映画として捉えると、人生の折り返し地点を過ぎながらも、無頼な生き方を変えられない寅さんの苦悩が上手く表現されているのが本作だ。過渡期の寅さんを語る上で欠かすことのできない作品と言える。
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第28作「男はつらいよ寅次郎紙風船」 作品データ
公開 | 1981年(昭和56年)12月28日 |
上映時間 | 101分 |
主な出演者 | [車寅次郎]渥美清 [諏訪さくら]倍賞千恵子 [倉富光枝]音無美紀子 [倉富常三郎]小沢昭一 [小田島愛子]岸本加世子 [小田島健吉]地井武男 [クリーニング屋・安夫(寅さんの同級生)]東八郎 [大工の棟梁・茂(寅さんの同級生)]犬塚博 [柳(寅さんの同級生)]前田武彦 [章文館の宿泊客]関敬六 [駅前旅館夜明の女将]杉山とく子 [車竜造]下條正巳 [車つね]三崎千恵子 [諏訪博]前田吟 [桂梅太郎]太宰久雄 [源公]佐藤蛾次郎 [満男]吉岡秀隆 [御前様]笠智衆 |
同時上映 | シュンマオ物語(アニメ) |
観客動員数 | 144万8,000人 ※『男はつらいよ』寅さん読本/寅さん倶楽部[編]より |
洋題 | Tora-san’s Promise |
「男はつらいよ」全作品解説リンク
- 第1作『男はつらいよ』
- 第2作『続・男はつらいよ』
- 第3作『男はつらいよフーテンの寅』
- 第4作『新・男はつらいよ』
- 第5作『男はつらいよ望郷篇』
- 第6作『男はつらいよ純情篇』
- 第7作『男はつらいよ奮闘篇』
- 第8作『男はつらいよ寅次郎恋歌』
- 第9作『男はつらいよ柴又慕情』
- 第10作『男はつらいよ寅次郎夢枕』
- 第11作『男はつらいよ寅次郎忘れな草』
- 第12作『男はつらいよ私の寅さん』
- 第13作『男はつらいよ寅次郎恋やつれ』
- 第14作『男はつらいよ寅次郎子守唄』
- 第15作『男はつらいよ寅次郎相合い傘』
- 第16作『男はつらいよ葛飾立志篇』
- 第17作『男はつらいよ寅次郎夕焼け小焼け』
- 第18作『男はつらいよ寅次郎純情詩集』
- 第19作『男はつらいよ寅次郎と殿様』
- 第20作『男はつらいよ寅次郎頑張れ!』
- 第21作『男はつらいよ寅次郎わが道をゆく』
- 第22作『男はつらいよ噂の寅次郎』
- 第23作『男はつらいよ翔んでる寅次郎』
- 第24作『男はつらいよ寅次郎春の夢』
- 第25作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花』
- 第26作『男はつらいよ寅次郎かもめ歌』
- 第27作『男はつらいよ浪花の恋の寅次郎』
- 第28作『男はつらいよ寅次郎紙風船』
- 第29作『男はつらいよ寅次郎あじさいの恋』
- 第30作『男はつらいよ花も嵐も寅次郎』
- 第31作『男はつらいよ旅と女と寅次郎』
- 第32作『男はつらいよ口笛を吹く寅次郎』
- 第33作『男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎』
- 第34作『男はつらいよ寅次郎真実一路』
- 第35作『男はつらいよ寅次郎恋愛塾』
- 第36作『男はつらいよ柴又より愛をこめて』
- 第37作『男はつらいよ幸福の青い鳥』
- 第38作『男はつらいよ知床慕情』
- 第39作『男はつらいよ寅次郎物語』
- 第40作『男はつらいよ寅次郎サラダ記念日』
- 第41作『男はつらいよ寅次郎心の旅路』
- 第42作『男はつらいよぼくの伯父さん』
- 第43作『男はつらいよ寅次郎の休日』
- 第44作『男はつらいよ寅次郎の告白』
- 第45作『男はつらいよ寅次郎の青春』
- 第46作『男はつらいよ寅次郎の縁談』
- 第47作『男はつらいよ拝啓車寅次郎様』
- 第48作『男はつらいよ寅次郎紅の花』
- 第49作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花【特別篇】』
- 第50作『男はつらいよお帰り寅さん』
- 番外編 テレビドラマ版『男はつらいよ』
- 番外編1『虹をつかむ男』
- 番外篇2『キネマの天地』
- 番外編3『男は愛嬌』
- 番外編4『山田洋次×渥美清 TBS日曜劇場傑作選 4作品DVDボックス』