寅さんの禁じられた恋
蒸発した夫を探すため、人妻であるマドンナと寅さんが旅に出る第34作。人妻への禁じられた恋に苦悩する寅さんに焦点が当たり、人間の煩悩に対する宗教的な訓話を多く含んでいる。過労から失踪する夫のエピソードは働きすぎの現代人に対する警鐘か。大原麗子は第22作『噂の寅次郎』以来2度目の出演。
大原 麗子(当時38歳)
役名:富永ふじ子
職業:主婦
大原麗子は第22作『噂の寅次郎』に次ぐ2度目の出演。当時38歳。前回に比べてぐっと生活感が増し、「品のある奥様」という印象になったが、旦那の身を案じる暗い表情には相変わらず男心をくすぐるものがある。
第34作「男はつらいよ寅次郎真実一路」解説・評論
“寅さんの変化”に感じる一抹の寂しさ、これぞ中期寅さんの味わい
第34作『寅次郎真実一路』は、ある日突然蒸発した夫を探すため、美しい人妻と寅さんが旅に出るというストーリーだ。
マドンナ大原麗子はシリーズ2度目の出演。前回『噂の寅次郎』でも夫婦仲に問題を抱えた美しい人妻として登場し、寅さんをメロメロにしてしまった。両作に通じる「放おっておけない魅力を持つ人妻」という設定を見るに、山田洋次は大原麗子にどこか男を狂わせる“魔性の女”を感じていたに違いない。
今回の寅さんもマドンナにどっぷり惚れてしまうが、いつもと違うのは相手がれっきとした人妻であり、その夫が寅さんの友人であるということ。寅さんはマドンナへの思いが募るあまり、蒸発した友人がこのまま行方知れずになれば……と願ってしまい良心の呵責に苦しむことになる。
物語の終盤、夫はなんの前触れもなくとらやに帰ってくるが、寅さんはこの時無意識のうちに落胆の表情をしてしまう。恋と友情の狭間で揺れ動く刹那の表情を渥美清がどう演じたのか、これはぜひ本篇をご覧いただきたい。
よく練られた脚本ではあるものの、本作はいまひとつ弾けない。その原因の一つには精細を欠いた渥美清の演技があると個人的には思う。細かなセリフ回しでクスリと笑わせるあたりはさすがだが、ここぞという肝心なシーンでは初期寅さんにあった必死さ、真摯さが失われており、どこか演技をこなしているようにも見える。
悲しみに暮れるマドンナに向けられた「俺、なんだってするよ」。このセリフにもかつての熱量はなく、若き日の寅さんを知っているからこその寂しさを感じてしまう。
同じ脚本を1970年代の渥美清が演じたならば、作品の印象はガラリと変わったことだろう。その思いを強くするのが自分を「汚い男」だと告白するシーン。これは映画『無法松の一生』のパロディで、「格好つければつけるほど三枚目になってしまう寅次郎」とは初期寅さんにおける爆笑必至の見せ場であった。しかし、ここでの笑いは小粒なもので、渥美清がかつてノリノリで演じた“あの寅さん”がそこにはいない。この一抹の寂しさこそ、中期寅さんの味わいである。
蒸発する夫を演じるのはシリーズ準レギュラーの名優・米倉斉加年(よねくらまさかね)。パソコンも携帯もない彼の職場を現代と比べると隔世の感があるが、中年サラリーマンの抱える悩みが今もそれほど変わっていないことにしみじみさせられる。
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第34作「男はつらいよ寅次郎真実一路」 作品データ
公開 | 1984年(昭和44年)12月28日 |
上映時間 | 107分 |
主な出演者 | [車寅次郎]渥美清 [諏訪さくら]倍賞千恵子 [富永ふじ子]大原麗子 [富永健吉]米倉斉加年 [ふじ子の息子・富永隆]芦田友秀 [ふじ子の義理の姉・静子]津島恵子 [ふじ子の母・和代]風見章子 [健吉の父・進介]辰巳柳太郎 [南映タクシーの運転手]桜井センリ [あけみ]美保純 [車竜造]下條正巳 [車つね]三崎千恵子 [諏訪博]前田吟 [桂梅太郎]太宰久雄 [源公]佐藤蛾次郎 [満男]吉岡秀隆 [御前様]笠智衆 |
同時上映 | 『ねずみ小僧怪盗伝』(中村雅俊) |
観客動員数 | 144万8000人 ※『男はつらいよ』寅さん読本/寅さん倶楽部[編]より |
洋題 | Tora-san’s Forbidden Love |
「男はつらいよ」全作品解説リンク
- 第1作『男はつらいよ』
- 第2作『続・男はつらいよ』
- 第3作『男はつらいよフーテンの寅』
- 第4作『新・男はつらいよ』
- 第5作『男はつらいよ望郷篇』
- 第6作『男はつらいよ純情篇』
- 第7作『男はつらいよ奮闘篇』
- 第8作『男はつらいよ寅次郎恋歌』
- 第9作『男はつらいよ柴又慕情』
- 第10作『男はつらいよ寅次郎夢枕』
- 第11作『男はつらいよ寅次郎忘れな草』
- 第12作『男はつらいよ私の寅さん』
- 第13作『男はつらいよ寅次郎恋やつれ』
- 第14作『男はつらいよ寅次郎子守唄』
- 第15作『男はつらいよ寅次郎相合い傘』
- 第16作『男はつらいよ葛飾立志篇』
- 第17作『男はつらいよ寅次郎夕焼け小焼け』
- 第18作『男はつらいよ寅次郎純情詩集』
- 第19作『男はつらいよ寅次郎と殿様』
- 第20作『男はつらいよ寅次郎頑張れ!』
- 第21作『男はつらいよ寅次郎わが道をゆく』
- 第22作『男はつらいよ噂の寅次郎』
- 第23作『男はつらいよ翔んでる寅次郎』
- 第24作『男はつらいよ寅次郎春の夢』
- 第25作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花』
- 第26作『男はつらいよ寅次郎かもめ歌』
- 第27作『男はつらいよ浪花の恋の寅次郎』
- 第28作『男はつらいよ寅次郎紙風船』
- 第29作『男はつらいよ寅次郎あじさいの恋』
- 第30作『男はつらいよ花も嵐も寅次郎』
- 第31作『男はつらいよ旅と女と寅次郎』
- 第32作『男はつらいよ口笛を吹く寅次郎』
- 第33作『男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎』
- 第34作『男はつらいよ寅次郎真実一路』
- 第35作『男はつらいよ寅次郎恋愛塾』
- 第36作『男はつらいよ柴又より愛をこめて』
- 第37作『男はつらいよ幸福の青い鳥』
- 第38作『男はつらいよ知床慕情』
- 第39作『男はつらいよ寅次郎物語』
- 第40作『男はつらいよ寅次郎サラダ記念日』
- 第41作『男はつらいよ寅次郎心の旅路』
- 第42作『男はつらいよぼくの伯父さん』
- 第43作『男はつらいよ寅次郎の休日』
- 第44作『男はつらいよ寅次郎の告白』
- 第45作『男はつらいよ寅次郎の青春』
- 第46作『男はつらいよ寅次郎の縁談』
- 第47作『男はつらいよ拝啓車寅次郎様』
- 第48作『男はつらいよ寅次郎紅の花』
- 第49作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花【特別篇】』
- 第50作『男はつらいよお帰り寅さん』
- 番外編 テレビドラマ版『男はつらいよ』
- 番外編1『虹をつかむ男』
- 番外篇2『キネマの天地』
- 番外編3『男は愛嬌』
- 番外編4『山田洋次×渥美清 TBS日曜劇場傑作選 4作品DVDボックス』