寅さんシリーズの正統派ラブコメディ
寅さんが恋の世話役を務める「コーチもの」。松村達雄、杉山とく子ら多彩な出演陣と、ロケ先で大きく展開する物語が作品に活気をもたらしている。寅さんが変則的なタイミングでフラれることによって物語後半は男女の恋愛模様にフォーカス、尻上がりにテンションを高めていく。純然たるラブコメディ作品。
樋口 可南子(当時 27歳)
役名:江上若菜
職業:写植オペレーター
樋口可南子はこの時27歳。20代マドンナではどうしても「コーチもの」にならざるを得ないかもしれないが、寅さんとの相性は意外によい。寅さんも若菜も複雑な家庭環境であるから、ひょっとしたらうまくいった二人なのかも。
第35作「男はつらいよ寅次郎恋愛塾」解説・評論
シリーズのお約束破りで成功した“鮮やかな主役交代”
第35作『寅次郎恋愛塾』は、寅さんが恋の指南役になるいわゆる「コーチもの」。直近2作品が人間の業に迫る重たいテーマの“短調”の作品だったとすれば、本作は“長調”で奏でられるラブコメディ。楽しい作品である。
まず感じるのは登場人物のバラエティさ。2代目おいちゃん松村達雄、TV版おばちゃんの杉山とく子に、いよいよ反抗期の萌芽を見せ始めた満男(吉岡秀隆)、作品ごとに存在感を増しつつあるあけみ(美保純)とレギュラー陣にも変化が見られる。大勢のエキストラによる野球シーンなど、単純に画面に映る人が多いことも作品に活気を与えている。
ロケ先での物語展開が多いことも本作の特徴。長崎の五島列島を旅する寅とポンシュウを包み込むのは光、海、風、緑などの美しい自然。そこにキリスト教の荘厳な葬儀風景が重なるイントロダクションには映画らしい風格がある。その後舞台は柴又を挟み秋田にまで広がっていくが、スケール感、テンポの良さは作品の調にフィットしている。
さて、本作は大きく2部構成となっており、作品前半は寅さん、作品後半は民夫青年(平田満)が主役を務める。寅さんシリーズのあるお約束を破ることで実現した“鮮やかな主役交代”が本作成功最大の要因といっていいだろう。
そのお約束とは、寅さんの失恋タイミングである。作品の中盤、マドンナが青年に好意を抱いていると察知した寅さんは神妙な顔をする。寅さんシリーズビギナーにとってこれを失恋と呼ぶことに戸惑いを覚えるかもしれないが、柴又駅ホーム、マドンナとの別れ、スローテンポのテーマソング、という状況証拠を積み重ねていくとこれは「今フラれたよ」の合図に他ならない。寅さんシリーズは失恋で幕を閉じるのが常だが、本作はこの失恋をきっかけに第2部の恋愛パートが幕を開けるのである。
寅さんの失恋というシリーズの制約(?)を早めに片付けたことで、作品後半では若い男女の恋物語を自由に展開できる。ここで青年の不器用な恋心を好演するのが平田満である。
前作『寅次郎真実一路』評論でも指摘したが、シリーズもこの頃になると寅さんに駆け出し役者のような熱演を求めることに無理が出てきてしまった。その役目を平田満に担わせることで本作はクライマックスに向け右上がりにテンションを高めていく。山田洋次/朝間義隆コンビによる脚本の勝利といっていいだろう。
マドンナ若菜を演じるのは樋口加奈子。そよ風のように爽やかな彼女の佇まいも作品にマッチしている。「コーチもの」がいよいよ爛熟の域に達した秀作である。
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第35作「男はつらいよ寅次郎恋愛塾」 作品データ
公開 | 1985年(昭和60年)8月3日 |
上映時間 | 108分 |
主な出演者 | [車寅次郎]渥美清 [諏訪さくら]倍賞千恵子 [江上若菜]樋口可南子 [坂田民夫]平田満 [牛山教授(民夫の恩師)]松村達雄 [小春(コーポ富士見の大家)]杉山とく子 [江上ハマ(若菜の祖母)]初井言榮 [ポンシュウ]関敬六 [民夫の父親]築地文夫 [車竜造]下條正巳 [車つね]三崎千恵子 [諏訪博]前田吟 [桂梅太郎]太宰久雄 [源公]佐藤蛾次郎 [満男]吉岡秀隆 [あけみ]美保純 [御前様]笠智衆 |
同時上映 | 俺ら東京さ行ぐだ(新藤栄作) |
観客動員数 | 137万9,000人 ※『男はつらいよ』寅さん読本/寅さん倶楽部[編]より |
洋題 | Tora-san, the Go-Between |
「男はつらいよ」全作品解説リンク
- 第1作『男はつらいよ』
- 第2作『続・男はつらいよ』
- 第3作『男はつらいよフーテンの寅』
- 第4作『新・男はつらいよ』
- 第5作『男はつらいよ望郷篇』
- 第6作『男はつらいよ純情篇』
- 第7作『男はつらいよ奮闘篇』
- 第8作『男はつらいよ寅次郎恋歌』
- 第9作『男はつらいよ柴又慕情』
- 第10作『男はつらいよ寅次郎夢枕』
- 第11作『男はつらいよ寅次郎忘れな草』
- 第12作『男はつらいよ私の寅さん』
- 第13作『男はつらいよ寅次郎恋やつれ』
- 第14作『男はつらいよ寅次郎子守唄』
- 第15作『男はつらいよ寅次郎相合い傘』
- 第16作『男はつらいよ葛飾立志篇』
- 第17作『男はつらいよ寅次郎夕焼け小焼け』
- 第18作『男はつらいよ寅次郎純情詩集』
- 第19作『男はつらいよ寅次郎と殿様』
- 第20作『男はつらいよ寅次郎頑張れ!』
- 第21作『男はつらいよ寅次郎わが道をゆく』
- 第22作『男はつらいよ噂の寅次郎』
- 第23作『男はつらいよ翔んでる寅次郎』
- 第24作『男はつらいよ寅次郎春の夢』
- 第25作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花』
- 第26作『男はつらいよ寅次郎かもめ歌』
- 第27作『男はつらいよ浪花の恋の寅次郎』
- 第28作『男はつらいよ寅次郎紙風船』
- 第29作『男はつらいよ寅次郎あじさいの恋』
- 第30作『男はつらいよ花も嵐も寅次郎』
- 第31作『男はつらいよ旅と女と寅次郎』
- 第32作『男はつらいよ口笛を吹く寅次郎』
- 第33作『男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎』
- 第34作『男はつらいよ寅次郎真実一路』
- 第35作『男はつらいよ寅次郎恋愛塾』
- 第36作『男はつらいよ柴又より愛をこめて』
- 第37作『男はつらいよ幸福の青い鳥』
- 第38作『男はつらいよ知床慕情』
- 第39作『男はつらいよ寅次郎物語』
- 第40作『男はつらいよ寅次郎サラダ記念日』
- 第41作『男はつらいよ寅次郎心の旅路』
- 第42作『男はつらいよぼくの伯父さん』
- 第43作『男はつらいよ寅次郎の休日』
- 第44作『男はつらいよ寅次郎の告白』
- 第45作『男はつらいよ寅次郎の青春』
- 第46作『男はつらいよ寅次郎の縁談』
- 第47作『男はつらいよ拝啓車寅次郎様』
- 第48作『男はつらいよ寅次郎紅の花』
- 第49作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花【特別篇】』
- 第50作『男はつらいよお帰り寅さん』
- 番外編 テレビドラマ版『男はつらいよ』
- 番外編1『虹をつかむ男』
- 番外篇2『キネマの天地』
- 番外編3『男は愛嬌』
- 番外編4『山田洋次×渥美清 TBS日曜劇場傑作選 4作品DVDボックス』