漂泊と定住
「漂泊と定住」というテーマが明確な第8作。名優・志村喬による「りんどうの花」、旅芸人一座と寅さんのラストシーンなど、シリーズ屈指の名場面が満載。もはやただの喜劇作品とはいえない、重厚さすら感じさせる作品。本作ではフラれる前に自ら身を引き旅に出る”フラれない寅さん”も誕生する。
マドンナ/池内淳子
役名:六波羅貴子(喫茶店ロークの女主人)
重ねた苦労が外面ににじみ出る女主人役を池内淳子が好演。今回の寅さんは、”薄幸な女性に尽くす”という古いヤクザ映画のパロディともいえる奮闘を見せており、その中心を担うマドンナとしてはぴったりのキャスティング。
第8作「男はつらいよ寅次郎恋歌」評論
「漂白と定住」というテーマ性が明確な、重厚感すら漂う名作
順調に作品を重ねる『男はつらいよ』だったが、第5作『望郷篇』の時点ですでに”マンネリ”を懸念されていたという。
山田洋次「話として単純なんで会社じゃ心配して五作目ぐらいから少し変化をつけろっていいましてね。」
『映画をたずねて 井上ひさし対談集』138p
マンネリ懸念に対する回答か、第5作以降の作品では毎回少しづつ新たな試みがトライされる。そしてこの第8作では、後のシリーズ作品に大きな影響を与えるあるひとつの変化が寅さんに起きることになる。
今回の寅さんは、博の父・飄一郎(志村喬)からの薫陶を受け、家族と寄りそって暮らす定住生活に憧れを持つ。未亡人であるマドンナ貴子(池内淳子)と出会い、彼女とその暮らしを実現したいと願うが、放浪者と定住者の看過できない価値観の違いを悟り、貴子の元を去り旅に出る。
これまでの作品では、一方的な恋心を派手に打ち砕かれる失恋がほとんどだったが、本作の寅さんは己の分をわきまえて自ら身を引いていく。失恋は失恋なのだが、”フラれない寅さん”がここに誕生するのだ。
ぼくは第八作を観た時に、これはもう、無限のくりかえしになるな、と思った。
『おかしな男』321p
本作品はテーマ性が強いことも特徴で、そのテーマは「漂泊の悲哀と、定住への憧れ」といえる。この主題を軸としながら、それぞれの登場人物がおりなす印象的な名シーンが豊富にあり、話の筋よりもそれぞれの名場面で本作を記憶しているファンも多いのではないか。
なかでも、名優・志村喬による語り「りんどうの花」は物語展開上のキーポイントでもあり、作品に重厚なトーンを与えている。セリフ自体なんてことないのだが、志村喬の存在自体の重みにより、寅さんの生き方をコロリとかえてしまうほどの薫陶として成立しているのがすごい。
そして、この志村の名演を逆手にとり、重みゼロの寅さんが100%受け売りで語る「寅さん版・りんどうの花」を作り上げたアイデアはお見事。寅さんととらや一同のやり取りが実に楽しい。
冒頭とラストに登場する、寅さんと旅芸人・坂東鶴八郎一座とのふれあいも印象深い(坂東鶴八郎一座はつづく作品にも何回か登場する)。漂泊の悲しみに負けず、肩を寄せ合いながら旅をつづけるラストシーンはシリーズベストのヌケの良さであり、もはやただの喜劇作品とは言えない重厚な演出が続く本作に鮮やかな幕引きをもたらしている。

第8作「男はつらいよ寅次郎恋歌」作品データ
第8作「男はつらいよ寅次郎恋歌」予告編
第8作「男はつらいよ寅次郎恋歌」あらすじ
寅さんは旅先で旅役者の一団に出会う。お互いの商売を励まし合った後、宿まで見送りに来た看板女優・大空小百合に小遣いを渡すが、500円札と間違えて5000円札をあげてしまう。しまった、という表情の寅さんを映して物語は幕を開ける。
葛飾柴又に帰った寅さんは、とらや一同とギスギスしてしまい機嫌が悪い。気分直しに外で酒を飲んだ寅さんは、酔っ払いの仲間を連れて帰ってくる。酔った寅さんは横柄な態度でさくらに歌えと強要、さくらが悲痛な表情で「かあさんの歌」を歌い出すと、寅さんはいたたまれない気持ちになり、また旅に出てしまった。
ある日、博は母危篤の報せを受けて郷里の岡山に向かった。しかし母はすでに息を引き取っていた。偶然岡山近辺を旅していた寅さんは葬儀に参列し、博の父・飈一郎を慰めるためそのまま岡山に逗留する。寅さんはそこで飈一郎から「人間は一人では生きていけない」と教えを受ける。感銘を受けた寅さんは、新たな生き方を探すため葛飾柴又に帰っていった。
その頃、葛飾柴又には新しい喫茶店がオープンしていた。寅さんはこの喫茶店の美人店主・貴子に出会い一目惚れをする。貴子には一人息子の学がおり、彼は新しい環境に馴染めず心を塞いでいた。寅さんは学と一緒に遊ぶことで彼の元気を取り戻し、貴子の信頼を得る。
ある時、貴子が金融業者に騙されて悩んでいることを知った寅さんは、彼女を慰めるため貴子の家を訪れる。寅さんの気持ちが嬉しい貴子は感激する。その後、夜空に輝く月を見ながら会話をする2人。寅さんは自身の旅暮らしを嘆くが、貴子は旅暮らしへの憧れを語る。2人のあまりに大きな価値観の違いを知った寅さんは、貴子への恋を諦め、再び旅に出ることにした。
数日後、一人旅をする寅さんはいつか出会った旅役者の一団に偶然再会する。再会を喜ぶ彼らを乗せたトラックが走り去る様子を映しながら物語は幕を閉じる。
第8作「男はつらいよ寅次郎恋歌」 出演者
第8作「男はつらいよ寅次郎恋歌」主要キャスト
【車寅次郎】渥美清
【諏訪さくら】倍賞千恵子
【六波羅貴子】池内淳子
【諏訪飈一郎】志村喬
【諏訪家の長男・毅】梅野泰靖
【諏訪家の次男・修】穂積隆信
【学(貴子の息子)】中沢祐喜
【板東鶴八郎一座の座長】吉田義夫
【大空小百合】岡本茉利
【車竜造】森川信
【諏訪博】前田吟
【御前様】笠智衆
【車つね】三崎千恵子
【満男】中村はやと
【桂梅太郎】太宰久雄
第8作「男はつらいよ寅次郎恋歌」その他キャスト
[とらやに来た酔っ払いの労働者1]谷村昌彦/[毅の妻・咲江]上野稜子/[修の妻・ひろ子]山本豊子/[板東鶴八郎一座の座員1]志馬卓也/[寅さんにモーニングを貸す奥さん]村上記代/[板東鶴八郎一座の座員2]秩父晴子/[とらやに来た酔っ払いの労働者2]大杉侃二郎
※配役や役名の一部に関しては、書籍「みんなの寅さん from 1969」(著・佐藤利明)、ツイッターアカウント「@meronbatake」様を参考にさせていただきました。
第8作「男はつらいよ寅次郎恋歌」作品データ
公開 | 1971年(昭和46年)12月29日 |
同時上映 | 春だ!ドリフだ!全員集合!!(ザ・ドリフターズ) |
観客動員数 | 148万1,000人 ※『男はつらいよ』寅さん読本/寅さん倶楽部[編]より |
洋題 | Tora-san’s Love Call |