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『映画をたずねて 井上ひさし対談集』/井上ひさし

直木賞作家であり、『ひょっこりひょうたん島』の原作などで知られる作家・井上ひさし。本書は井上ひさしと複数映画関係者たちとの対談集である。

黒澤明(対談には黒澤本人が登場)、市川崑、美空ひばり、ゴジラなど、日本映画史のエポックメイキングにスポットをあてており、ここには当然『男はつらいよ』も登場する。

渥美清、山田洋次、小沢昭一、関敬六ら関係者との対談に加えて、井上ひさしによる『男はつらいよ』に関するエッセイが収録されている。エッセイは渥美の死後、追悼文として『オール読物』に掲載されたもので、日本語の文章が到達しうる美しさの極みといってもよい名文である。

井上ひさしと渥美清は、井上曰く「ストリップ界の東京大学」であった浅草フランス座で出会った。パリっとしたお洒落な出で立ち、じつに二枚目な声色とは裏腹に「顔が空前絶後の面白さ」というのが井上による渥美の第一印象。渥美清がいかに天才役者であったかを臨場感豊かに回想するその文章は、タイムマシンができたらまずはフランス座に飛びたくなるほどの名調子。

本エッセイには「渥美清と車寅次郎~一世一代のトリック」というタイトルがついている。渥美清は半生をかけて実在する自分を消し去り、車寅次郎という架空の人物に潜り込む「大トリック」に成功した、というのがこの文章の結び。

確かに、昭和は遠くに過ぎ去った現在、渥美清は知らないが、寅さんのことなら知っている、という現象は起こりつつある。さらに時を経た100年後には、仏陀やキリストやヤマトタケルと同様、寅さんは神話上の人物となっているのかもしれない。

寅次郎として永遠の命を手にする──井上のいう「大トリック」に、渥美清がどこまで自覚的であったかはわからない。しかし、関係者が述懐する渥美清晩年の言動を知れば知るほど、彼が本気でその高みを目指していたとしても不思議ではないと思えてくる。

渥美清が最後に車寅次郎を演じた第48作『寅次郎紅の花』時点では、すでにガンが相当進行しており、全身に激痛が走る中での演技だったという。あの陽気な男の姿を見る限り、そのような状態での演技だとはにわかに信じがたい。しかし、渥美清本人があの作品を、寅次郎に永遠の命を吹き込む一世一代のトリック総仕上げだと考えていたとすれば……。その決意にも納得がいく。

いささか深読みが過ぎるかもしれないが、そのような邪推をしてしまいたくなるほど、井上ひさしの名文章が冴え渡る、日本芸能史に残る追悼文である。

井上ひさし
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