本書の著者は辻正司氏。辻氏はセレモアホールディングス株式会社の創業者で、ビジネスのかたわら、詩の創作、写真撮影、歌手活動など多方面で活躍をしているという。
辻正司(つじ・しょうじ)
昭和22年東京都生まれ。43年葬祭業「筑波祭典」(現・セレモアホールディングス)を創業。葬祭業の傍ら、作詞、詩の創作、風景写真の撮影、歌手活動など多方面で活躍。著書に『悠久の空へ』(中央公論事業出版)『人生で大切なことはみんな「寅さん」に教わった』(講談社)、詩集に『空 もう一度会えたなら』『風のように水のように』(共に講談社)『永遠の風』(PHPパブリッシング)など多数。
致知出版社Webサイトより https://www.chichi.co.jp/info/chichi/pickup_article/2023/202304_tuji
なぜ経営者が寅さんの本を書いたのか。その理由は、辻氏が2007年に奄美大島瀬戸内町の観光大使に選ばれたことにある。ちょうど同じ時期に山田洋次監督も観光大使に選ばれており、その縁で山田監督、そして、寅さんとの関係が深くなったことが執筆のきっかけと辻氏は「あとがき」で述べている。
本書は、寅さんシリーズの名シーン・名セリフ、寅さんの言動などを引用しながら、筆者の思いや考えを語るエッセイ風の読み物になっている。章ごとに「人間関係」「情と理」「マドンナ」「仕事」「死」「幸せ」などのテーマが設定されており、日常生活や仕事における筆者の信条が述べられている。南伸坊氏による表紙の寅さんイラストがいい感じである。
さて、肝心の本の中身だが、冒頭こそ「男はつらいよ」シリーズの成り立ちや発展についての解説があるが、その後は延々と著者の人生訓が開陳される。辻氏の「経営者」という肩書がそう思わせるのかもしれないが、読み進めるうちに会社の偉い人から有難い話をこんこんと聞かされる一社員のような気分になってしまった。
少し本書から引用してみよう。
「俺には難しいことはよくわからないけどね、あんたが幸せになってくれればいいと、思ってるよ」【第十六作「男はつらいよ 葛飾立志篇」】
幸せとは、物に囲まれているとか、何でも買えるほどお金があるとか、そういうことではありません。幸せは、「状態」ではなく、刹那に深く感じた安心、満足、充実のことだからです。それを感じることができるのが、幸せな人です。その瞬間瞬間を忘れずに積み重ねて行けるのが、幸せな人生なのだと私は思っています。
人生で大切なことはみんな「寅さん」に教わった 148P
このように、「映画からの引用→筆者の考え」がとりとめなく続くのが本書である。辻氏の語る内容には概ね同意できるが、当たり障りのない話が大半で特に面白みはない。困惑するのは、ページを手繰っていると突然見開きで謎のポエム15編が挿入されるところだ。おそらくこれは辻氏のオリジナルポエムで、本人にとっては思い入れのある作品なのだろう。
日本を代表する指揮者・小澤征爾が寅さんファンだったなど、初めて知る情報もいくつかあり参考にはなったが、寅さん研究者にとっては物足りない一冊。作品の名シーン、名セリフの解説が程よくあるので、寅さんビギナーが作品に巡り合うためにパラパラとめくる分にはちょうどよい本かもしれない。