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寅さん全作品解説/番外編1『虹をつかむ男』

本作をひとことで言うと

追悼・渥美清

渥美清の死去後、すでに決まっていた寅さん第49作のキャスティングで製作された実質的な追悼映画。寅さん主要メンバーが出演し、封切りも寅さんと同じ年末だったことから、公開当時は寅さんロスの悲しみに暮れるファンの心を大いに癒したことだろう。寅さんシリーズ観了後にあわせて観ておきたい作品。。

マドンナ/田中裕子

役名:十成八重子(喫茶店「カサブランカ」店主)

田中裕子は第30作『花も嵐も寅次郎』にマドンナとして出演。幻の第49作『寅次郎花へんろ』では、西田敏行と兄妹という設定で、これまで幾度となく映像化されてきた室生犀星の小説『あにいもうと』をベースにした物語が展開される予定だったという。

「虹をつかむ男」評論

作品の随所に溢れ出す、山田洋次の熱い想い

俳優・渥美清は1996年8月4日、転移性肺がんにより死去した。享年68歳。

家族だけで通夜・葬儀が行われ、山田洋次監督をはじめ映画関係者がその死を知ったのはすでに火葬が終わった後だった。これは「家族だけで密葬にしてほしい。荼毘(だび)にふされるまでは完全に渥美清のままでいたいから、一切(自分の死について)発表しないでほしい」(デイリースポーツ 1996年8月8日より)という故人の遺志によるものである。

主演俳優の死去により『男はつらいよ』シリーズは続行不可能となった。しかし、次作『寅次郎花へんろ』のキャスティングがすでに決まっていたことから、山田洋次監督は急遽、彼らを使い別の新作映画を撮影することにした。

こうして完成したのが本作『虹をつかむ男』である。映画は、廃業寸前の映画館・オデオン座を守ろうと奮闘努力する男・白銀活男(西田敏行)のストーリー。吉岡秀隆、倍賞千恵子、前田吟、下条正巳、三崎千恵子ら、おなじみの寅さんメンバーが脇を固めた。

主人公・活男は、さまざまな名画のワンシーンを身振り手振りを交えて諳んじ、周囲の人間を巧みな話術で惹き込んでいく男。小林信男『おかしな男』によると、渥美清も同様に(ビデオテープがない時代にも関わらず)驚異の記憶力で映画のワンシーンを鮮やかに諳んじていたという。活男というキャラクターには、山田洋次監督が見た渥美清の面影がいくらか反映されているのではないかと思う。

劇中では『ニュー・シネマ・パラダイス』『鞍馬天狗』『雨に唄えば』『東京物語』などと並び『男はつらいよ』の映像が引用される。これはつまり、『男はつらいよ』そして寅さんが、映画史に燦然と輝く名作のひとつになったという渥美清への賛辞である。各映画の著作権をクリアするのは非常に骨の折れる作業だったそうだが、山田洋次監督にとってこれはどうしても実現したいメッセージだったのだろう。

物語の終盤、第1作『男はつらいよ』を観ている亮(吉岡秀隆)は、失恋した寅次郎に笑い声をあげるが、隣に座る活男は寅次郎の姿が自身と重なり思わず泣いてしまう。『男はつらいよ』をこよなく愛してきた日本中のファンは、劇中の2人と同様、寅さんと過ごした月日を思い思いに懐かしんだことだろう。

渥美清への、そして『男はつらいよ』シリーズへの深い愛情が随所に溢れ出している追悼作品。「敬愛する渥美清さんに この映画を捧げる」──。エンドクレジットのこの言葉が本作品のすべてを表している。

山田洋次監督は実に映画監督らしいやり方で、渥美清に永遠の別れを告げたのである。

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