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寅さん全作品解説/番外篇2『キネマの天地』

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本作をひとことで言うと

ほとんど「男はつらいよ」スピンオフ作品

山田洋次が監督を務め、渥美清、倍賞千恵子ら寅さんファミリーが総出演した松竹映画50周年記念作品。寅さんを1回お休みして製作されたため、劇中には寅ファン向けのサービスが満載。まるで気合の入った「寅さんの夢」シーンであり、「男はつらいよ」スピンオフ作品といっても差し支えない。

マドンナ

有森 也実(当時 19歳)

役名:田中小春
職業:映画館の売り子→女優

新人女優の成長物語を熱演するのが有森也実。演技に悩む彼女は喜八(渥美清)の励ましをきっかけに女優としての素質を開花させる。寅さん(?)を触媒に道をひらくという点も寅さんシリーズによく似ている。

「キネマの天地」評論

寅ファンにはぜひ見て欲しい「男はつらいよ」スピンオフ作品

寅さんファン的には、本作『キネマの天地』はどう考えても「男はつらいよ」のスピンオフ作品である。寅さんシリーズ全作制覇をお考えの諸氏にはぜひご覧いただきたい作品なので、寅さん全作品解説の番外篇として取り上げさせていただく次第。

本作は松竹映画50周年を記念して製作された映画で、同社の勃興期を描いた「社史」のような作品である。監督、スタッフ、俳優には松竹映画のオールスターキャストが名を連ねており、当然松竹のドル箱シリーズ「男はつらいよ」関係者も総動員されている。監督・山田洋次、撮影・高羽哲夫、音楽・山本直純と製作スタッフはほぼ山田組。出演俳優の半数以上に寅さん出演経験があると見てよく、この時点でこの映画は5割方寅さんである。

これまで「男はつらいよ」はお盆と正月の年2作公開をルーティンとしていたが、本作公開のため1986年夏公開の寅さんはお休みすることとなった。そのためだろうか、本作には寅さんファン向けのファンサービスが随所に見られる。倍長千恵子と前田吟は夫婦だし、その子供は吉岡秀隆で名前は「満男」である。おいちゃんもおばちゃんも源ちゃんも寅さんシリーズに近い配役で登場しており、ここに至って本作は8割方寅さんとなる。

そして我らが渥美清は喜八という男の役で登場する。喜八は粗野ながら人情味あふれる憎めない男で、これが見事に寅さんなのである。元旅役者という設定の彼が倍賞千恵子相手にぶつ演技論は、とらやのお茶の間で繰り広げられる寅のアリアそのまんまだし、笹野高史に娘の小春(有森也実)を褒められてデレデレする様子はマドンナにのろける寅さんのようである。何も知らぬ人がこのシーンだけを見たら「寅さん?」と見紛うに違いない。

喜八は作品の背骨ともいえる重要な役割を担っており、渥美清が寅さん以外でこのような役を演じるのは異例である。1972年『ああ声なき友』、1977年『八つ墓村』以降、渥美清は寅さんのイメージを守るためチョイ役に徹してきたからである。寅さん以外の役を思い切り演じられる喜びからだろうか、本作の渥美清にはここ数作品の寅さんにはない熱が感じられる。物語終盤には寅さんでは絶対にあり得ないシリアスな演技を要求され、それにも見事に応えている。渥美清はこの作品に出演したことを心から楽しんだのではないだろうか。

寅さんシリーズのレギュラーたちが総出演し、葛飾柴又ではないパラレルワールドを演じるという点で、本作は気合の入った「寅さんの夢」と言って差し支えないだろう。寅さんファンであれば2倍楽しめる映画作品。ぜひ寅さんシリーズ全作制覇の途中におけるインターミッションとしてご覧いただきたい。

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【豆知識】『キネマの天地』喜八は小津安二郎へのオマージュ

映画評論家の佐藤忠男は著書『みんなの寅さん』の中で『キネマの天地』の喜八についてこう解説している。

喜八というのは、小津安二郎がかつて作った一連の庶民映画の主人公の名前である。一九三三年の「出来ごころ」が最初で、以後、「浮草物語」(三四年)、「箱入り娘」(三五年)、「東京の宿」(三五年)、「長屋紳士録」(四七年)と五本あり、“喜八もの”と呼ばれた。

『みんなの寅さん「男はつらいよの世界」』/佐藤忠男 (60P)

「男はつらいよ」が“喜八もの”を下敷きにしているというのではないが、“喜八もの”で出来上がった庶民的人情喜劇のパターンが松竹蒲田以来の伝統の中にあって、そのうえに「男はつらいよ」が構想されていることは確かである。

『みんなの寅さん「男はつらいよの世界」』/佐藤忠男 (61P)

だから山田洋次は、「キネマの天地」の渥美清の役に喜八という伝統ある名を捧げて小津安二郎あるいはこの伝統へのオマージュとしたのであろう。

『みんなの寅さん「男はつらいよの世界」』/佐藤忠男 (61P)

佐藤忠男・著『みんなの寅さん』は、映画『キネマの天地』だけでなく、この映画が題材とした松竹蒲田映画についての詳しい解説がある。劇中に飛び出す「気持ちなし!」「ノーテンポ・ノーセンス・ノーテクニック!」などの由来も本書を通じてぜひ知ってほしいと思う。

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