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寅さん全作品解説/第50作『男はつらいよお帰り寅さん』

本作をひとことで言うと

Tora san, Wish you wer here.

「男はつらいよ」シリーズ50周年の節目に公開された第50作。4Kデジタル修復により蘇った過去作品の映像に、吉岡秀隆・後藤久美子・倍賞千恵子・前田吟・浅丘ルリ子らレギュラーメンバーの撮り下ろし映像を組み合わせて完成した異色の「新作映画」。ちなみに、タイトルは『お帰り寅さん』だが、寅さんは一度も柴又に帰ってこない。

マドンナ/後藤久美子

役名:イズミ・ブルーナ(国連UNHCR職員)

かつて満男の恋人であった及川泉は、その後海外の大学に進学し、現在は国連の難民支援機関であるUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)職員を務めている。後藤久美子の映画出演は、第48作『寅次郎紅の花』依頼、実に24年ぶりとのこと。

第50作「男はつらいよお帰り寅さん」評論

Wish you wer here──寅さん、あなたがここにいてほしい

第1作『男はつらいよ』の公開から50年の節目を迎えた2019年12月27日、本作『男はつらいよお帰り寅さん』が公開された。

撮り下ろし作品としては第48作『寅次郎紅の花』から実に24年ぶりとなる完全新作の「男はつらいよ」である(ちなみに第49作は、過去作品に特別映像を加えて公開された『寅次郎ハイビスカスの花【特別篇】』)。

寅さんの新作公開、しかも主演は渥美清との報せに、期待と不安の両方を抱いたファンは多かったはずだ。結論から言うと、本作は長年の寅さんファンも好評価するに違いない、素晴らしい作品に仕上がっている。

冒険的、挑戦的でありながら感動的。懐かしいけど新しい。昔は良かったと懐古趣味に着地することなく、現在を描くことも忘れていない。そして最後にはしっかりと泣ける。「あぁ寅さんを好きでいて本当に良かった」と心から思える作品だ。

私は2008年から寅さんにどっぷりハマっているので、寅さんシリーズ未見の人がこの作品をどう評価するのかは見当もつかない。本評論はあくまで寅さんマニアである一観客の評論としてお読みいただきたい。


物語は過去作品の回想を織り交ぜつつ、第48作『寅次郎紅の花』のその後である現代の葛飾柴又を描きながら進んでいく。自動改札に変わった柴又駅、洋風カフェにリノベーションされたくるまや、脱サラし小説家となった満男(吉岡秀隆)など、物語序盤は時の流れがもたらした変化に驚きの連続である。

4Kデジタルリマスタリングされた過去作品の映像は色鮮やかで美しく、回想シーンと現在を行き来する際にもその境目はほとんど気にならない。物語への没入を邪魔しない映像技術の進化は、本作の成立に不可欠の要素だったのではないだろうか。熱心な寅さんファンなら、初代おいちゃん・森川信、2代目おいちゃん・松村達雄、初代満男・中村はやとらが登場した瞬間に色めき立つことだろう。古いアルバムの世界に入り込んでいくような映像体験が味わえる。

しかし、ただの「寅さん総集編」で終わらないのが本作の素晴らしいところだ。かつての寅さんシリーズが常にそうであったように、山田洋次監督はシリア難民、日本の超高齢化社会などの時事問題を物語に織り込み今を描く。満男のかつての恋人・イズミ(後藤久美子)が相変わらず家族の問題をこじらせていることがわかると、作品の同窓会ムードはすっかり消え、シリアスな現代劇へと変化していく。

老齢の父親を見舞うため介護施設に向かう満男とイズミ。二人が移動する姿には、男はつらいよ後期・通称「満男シリーズ」の場面がフラッシュバックする。満男はもう50代に手の掛かったいい大人だから、傷ついたイズミを前にしてもかつてのようにうろたえることはない。彼女を慰め、励まし、別れ際には胸に秘めた想いをしっかりと告白する。寅おじさんの教えを受け継ぎ、満男は大人として立派に振舞うのだった。

やがてイズミとの別れを経て、部屋で一人物思いにふける満男。この静かなシーンに至り、我々観客は本作とかつての寅さんシリーズとの「決定的な違い」に直面することになる。「満男、お前よくやったな」──かつてのシリーズならこんな風に満男に声をかけたであろう、あの寅さんがそこにいないのである。


思えば「男はつらいよ」シリーズは、数々のお約束で構成された様式美の映画であった。そのお約束の中でも、映画の結末に欠かせないのが「寅次郎の旅立ち」だ。寅さんは旅先で出会った美しいマドンナのため奮闘努力を重ねるが、最終的にはフラれ、居心地の悪さからとらや(くるまや)を飛び出していく。

旅立ちに際して、寅さんは居残る家族に奮闘努力の総括にあたるセリフを残し、一人柴又駅に向かって歩き出す。優しくアレンジされたメインテーマの調べに乗せて、ゆっくり遠ざかる寅さんの後ろ姿を見るにつけ、私たち観客は心の中で毎回決まって「寅さぁ~ん!」と叫んでしまうのだ。

感情の起伏がピークとなるこのお馴染みのシーンは、たとえば水戸黄門なら印籠を取り出す瞬間、2時間サスペンスドラマなら断崖絶壁での罪の告白、ハリウッドアクション映画なら宿敵討伐の瞬間にあたる。本作では寅さんがあらかじめ不在であるため、作品の幕引きに欠かせないこの「寅次郎の旅立ち」が遂行されない。これは長い長い寅さんシリーズの歴史において初めてのこと。だから私は本作のラストシークエンスに至ってようやく「寅さん映画のカタルシスは、寅さんの旅立ちによってもたらされていた」という当たり前過ぎる事実に気付いたのである。


「寅次郎の旅立ち」に代わって作品を締めくくるのは、過去48作品を彩ったマドンナたちの回想シーンである。名画『ニュー・シネマ・パラダイス』を想起させる、マドンナたちの美しくそして懐かしいショットの連続は、第48作『寅次郎紅の花』から第1作『男はつらいよ』に向けて、タイムトラベルのように時間を遡りながら続いていく。

寅さんシリーズ全48作品を繰り返し見込んできたファンならば、わずか数秒のショットから、その作品やそのマドンナに付随する記憶が瑞々しく思い起こされるだろう。日本庭園における「借景」のごとく、過去作品の記憶、感情を巧みに引用したこのシークエンスは、いわば寅さん映画の走馬灯である。当然ながらこの走馬灯は、寅さんシリーズへの愛着が深い人ほど、寅さんシリーズと過ごした時間が長い人ほど、感慨深いものになる(逆を言えば、シリーズをほとんど見ていない人にとって、このシークエンスはかつてのマドンナ女優紹介程度のものになるのかもしれない)。

登場するマドンナ女優はみな、正対する寅さんに向けて感情を爆発させている。ある人は満面の笑みを浮かべ、またある人は瞳を潤ませながら、「寅さん!」と愛しいその名を口にする。そうだ、この長い長い映画シリーズ、すべての喜怒哀楽の中心にいたのはいつも車寅次郎=俳優・渥美清その人であったのだ。間断なく畳みかけるマドンナ映像が、寅次郎の不在をより痛切に、よりエモーショナルに訴えかけたところで、本作『お帰り寅さん』は幕を閉じる。

流れるエンドロールを見ながら私が思ったことはただ一つ、本作の洋題でもある『Tora san, Wish you were here.(寅さん、あなたがここにいてほしい)』である。彼の存在が作品の成り立ちに不可欠であったこと、また、彼の存在が劇中のマドンナをはじめ、観客の喜怒哀楽を一身に引き受けていたことを、私たちは知っていたようで、本当は知らなかったのだ。

彼の不在をこんなにも痛切に、美しく思うことになろうとは、作品を見る前には少しも想像できなかった。本作は、いつもの寅さんシリーズとは全く別種の、しかし、とびきり美しいカタルシスをもたらすことだろう。


本作冒頭には「この作品を敬愛する渥美清さんに捧げる」の一文が表示される。これは、渥美清の死去後に公開された作品『虹をつかむ男』(1996年)にも記されていた文言である。

あれから二十数年。山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズに対する思い、デジタルリマスタリングをはじめとする映像技術の進化、新たな視聴者による「男はつらいよ」シリーズ再評価の動きなど、様々な要素が熟成したことにより、正真正銘の渥美清トリビュート作品が完成した。

ある人は本作を「寅さんシリーズのエピローグ」と表現したが、これは的を射た表現である。「男はつらいよ」シリーズ50周年という節目の記念作品として、また、長きにわたって続いてきた連作のピリオドとして、実にふさわしい作品である。

このような素晴らしい作品を残した、山田洋次監督をはじめとする全50作品すべての製作スタッフ、すべての俳優陣に心から敬意を表したいと思う。

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第50作「男はつらいよお帰り寅さん」 作品データ

第50作「男はつらいよお帰り寅さん」 予告編

第50作「男はつらいよお帰り寅さん」 あらすじ

準備中

第50作「男はつらいよお帰り寅さん」 作品データ

公開2019年(令和元年)12月27日
興行収入14億7,000万円
※一般社団法人 日本映画製作者連盟作成「2020年(令和2年)全国映画概況」より
洋題Tora san, Wish You Were Here
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