
寅さん、20年ぶり故郷に帰る
20年ぶりに帰郷した寅さんが巻き起こす葛飾柴又騒動記。監督も演者もシリーズ化を想定していない全力投球だからこそできた喜劇映画の秀作。リアルとも下手とも違うクサイ芝居の渥美清と、ワキを固める倍賞千恵子・前田吟・志村喬らの熱演が生み出す泣き笑いは、どうリメイクしたって超えられない。
光本 幸子(当時 26歳)
役名:坪内冬子
職業:御前様の娘
記念すべき初代マドンナは、本作が映画デビューとなった舞台俳優の光本幸子。御前様の娘・冬子を演じている。冬子は寅さんと幼馴染で、子供の頃は寅さんに「出目金」というあだ名をつけられていた。清楚かつ上品ながら寅さんとボートレース遊びをして大興奮するなど、お茶目なところもある良家のお嬢様。
第1作「男はつらいよ」作品解説
トラブルメーカー車寅次郎が巻き起こす“葛飾柴又騒動記”。「一作完結」だからこそ生まれた喜劇映画の秀作
「桜が咲いております。懐かしい葛飾の桜が、今年も咲いております」
第1作「男はつらいよ」
映像、音楽、日本語、声色。全てが美しい寅次郎のモノローグではじまる本作は、観客を一瞬にして別世界へ誘い、そこからはめくるめく91分間の映画体験。
1969年の製作、今からもう50年以上も経つのに古臭さはあまり感じられない。それもそのはず、テクノロジーとは無縁の下町、最近の映画によくあるヘンテコなタイアップも挿入歌もない本作は、もはや年代不詳のおとぎ話の世界だ。作り物でないリアル昭和の風景を舞台に、大半が舞台出身者である演者たちがくり広げる物語は古いどころか新鮮ですらある。
本作は、ハリケーンのようなトラブルメーカー寅さんの出現により、周囲の人々に起こった事件をアップテンポで描く、いわば「葛飾柴又騒動記」だ。当時の喜劇映画のスタンダードである上映時間90分の中で次から次へとエピソードを消化していくため、下手をすれば散漫な映画、せわしないだけの映画になる可能性もあった。しかし、そんな印象を吹き飛ばし、本作の完成度をぐんと高めているのが、渥美清、前田吟、倍賞千恵子、志村喬ら俳優陣の熱演だ。
主人公・車寅次郎を演じる渥美清の演技は、自然体の演技とは真逆を行くクサイ芝居。しかし、舞台という実戦で客に磨かれつづけたクサイ芝居はなんとも絵になる。歌舞伎から大衆演劇を経て、渥美にいたった日本伝統のクサイ芝居は寅次郎に命を吹き込んでいる。
助演俳優たちも凄い熱量。博(前田吟)の一世一代の告白もさることながら、その求愛を受けとめるさくら(倍賞千恵子)の演技も凄い。このシーン、倍賞の瞳孔はパックリと開いており、さくらの興奮状態を言葉でなく目で表現している。愛の喜びが全身を駆け巡る人間の姿がそこにあり、思わず泣けてしまう。
作品に映画らしい風格をもたらすのは、博の父親を演じる名優・志村喬だ。彼にしかできない重厚感のある演技で、約3分におよぶ結婚式での独演を作品の大きな見せ場にしている。不機嫌そうな父親が重い口を開くまでのタメや緊張感の演出も素晴らしく、山田洋次監督の演出手腕が冴えわたっている。
第1作「男はつらいよ」は続編を想定していない一作完結の映画だったという。次作などない一発勝負の意識が監督にも演者にもあったからこそ、ここに全てをぶつける!という全力投球の覚悟が生まれたのだろう。このみなぎる熱気とエネルギーが本作のテンションを支えている。
ラストシーンのぱあっと広がる青空のごとく、爽快な後味をもたらす喜劇映画。男はつらいよは知っているが、なんとなく接点がなかったという人にこそ観てもらいたい。こんなにも熱気に溢れた映画だったのかと驚くことに違いない。

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第1作「男はつらいよ」作品データ
公開 | 1969年(昭和44年)8月27日 |
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上映時間 | 91分 |
マドンナ | 光本幸子(当時26歳) |
ゲスト出演者 | 志村喬 |
主なロケ地 | 奈良県・京都府 |
内容 | 20年ぶりに故郷に帰った車寅次郎が、葛飾柴又で巻き起こす騒動の数々を描く。寅さんの帰郷がきっかけで妹さくらが結婚し、出産を迎える。 |
観客動員数 | 54万3,000人 (第45位/全48作中) ※『男はつらいよ』寅さん読本/寅さん倶楽部[編]より |
同時上映 | 喜劇・深夜族(伴淳三郎) |
洋題 | It’s Tough Being a Man |
主な出演者 | 【車寅次郎】渥美清 【諏訪さくら】倍賞千恵子 【坪内冬子】光本幸子 【諏訪飈一郎】志村喬 【車竜造】森川信 【車つね】三崎千恵子 【諏訪博】前田吟 【川又登】津坂匡章 【御前様】笠智衆 【源吉】佐藤蛾次郎 【桂梅太郎】太宰久雄 【結婚式の司会者】関敬六 |
「男はつらいよ」全作品解説リンク
- 第1作『男はつらいよ』
- 第2作『続・男はつらいよ』
- 第3作『男はつらいよフーテンの寅』
- 第4作『新・男はつらいよ』
- 第5作『男はつらいよ望郷篇』
- 第6作『男はつらいよ純情篇』
- 第7作『男はつらいよ奮闘篇』
- 第8作『男はつらいよ寅次郎恋歌』
- 第9作『男はつらいよ柴又慕情』
- 第10作『男はつらいよ寅次郎夢枕』
- 第11作『男はつらいよ寅次郎忘れな草』
- 第12作『男はつらいよ私の寅さん』
- 第13作『男はつらいよ寅次郎恋やつれ』
- 第14作『男はつらいよ寅次郎子守唄』
- 第15作『男はつらいよ寅次郎相合い傘』
- 第16作『男はつらいよ葛飾立志篇』
- 第17作『男はつらいよ寅次郎夕焼け小焼け』
- 第18作『男はつらいよ寅次郎純情詩集』
- 第19作『男はつらいよ寅次郎と殿様』
- 第20作『男はつらいよ寅次郎頑張れ!』
- 第21作『男はつらいよ寅次郎わが道をゆく』
- 第22作『男はつらいよ噂の寅次郎』
- 第23作『男はつらいよ翔んでる寅次郎』
- 第24作『男はつらいよ寅次郎春の夢』
- 第25作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花』
- 第26作『男はつらいよ寅次郎かもめ歌』
- 第27作『男はつらいよ浪花の恋の寅次郎』
- 第28作『男はつらいよ寅次郎紙風船』
- 第29作『男はつらいよ寅次郎あじさいの恋』
- 第30作『男はつらいよ花も嵐も寅次郎』
- 第31作『男はつらいよ旅と女と寅次郎』
- 第32作『男はつらいよ口笛を吹く寅次郎』
- 第33作『男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎』
- 第34作『男はつらいよ寅次郎真実一路』
- 第35作『男はつらいよ寅次郎恋愛塾』
- 第36作『男はつらいよ柴又より愛をこめて』
- 第37作『男はつらいよ幸福の青い鳥』
- 第38作『男はつらいよ知床慕情』
- 第39作『男はつらいよ寅次郎物語』
- 第40作『男はつらいよ寅次郎サラダ記念日』
- 第41作『男はつらいよ寅次郎心の旅路』
- 第42作『男はつらいよぼくの伯父さん』
- 第43作『男はつらいよ寅次郎の休日』
- 第44作『男はつらいよ寅次郎の告白』
- 第45作『男はつらいよ寅次郎の青春』
- 第46作『男はつらいよ寅次郎の縁談』
- 第47作『男はつらいよ拝啓車寅次郎様』
- 第48作『男はつらいよ寅次郎紅の花』
- 第49作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花【特別篇】』
- 第50作『男はつらいよお帰り寅さん』
- 番外編 テレビドラマ版『男はつらいよ』
- 番外編1『虹をつかむ男』
- 番外篇2『キネマの天地』
- 番外編3『男は愛嬌』
- 番外編4『山田洋次×渥美清 TBS日曜劇場傑作選 4作品DVDボックス』