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寅さん全作品解説/第1作『男はつらいよ』(1969年8月公開)

男はつらいよ〈シリーズ第1作〉 4Kデジタル修復版 [Blu-ray]
本作をひとことで言うと

寅さん、20年ぶり故郷に帰る

20年ぶりに帰郷した寅さんが巻き起こす葛飾柴又騒動記。監督も演者もシリーズ化を想定していない全力投球だからこそできた喜劇映画の秀作。リアルとも下手とも違うクサイ芝居の渥美清と、ワキを固める倍賞千恵子・前田吟・志村喬らの熱演が生み出す泣き笑いは、どうリメイクしたって超えられない。

マドンナ

光本 幸子(当時 26歳)

役名:坪内冬子
職業:御前様の娘

記念すべき初代マドンナは、本作が映画デビューとなった舞台俳優の光本幸子。御前様の娘・冬子を演じている。冬子は寅さんと幼馴染で、子供の頃は寅さんに「出目金」というあだ名をつけられていた。清楚かつ上品ながら寅さんとボートレース遊びをして大興奮するなど、お茶目なところもある良家のお嬢様。

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第1作「男はつらいよ」作品解説

トラブルメーカー車寅次郎が巻き起こす“葛飾柴又騒動記「一作完結」だからこそ生まれた喜劇映画の秀作

「桜が咲いております。懐かしい葛飾の桜が、今年も咲いております」

第1作「男はつらいよ」

映像、音楽、日本語、声色。全てが美しい寅次郎のモノローグではじまる本作は、観客を一瞬にして別世界へ誘い、そこからはめくるめく91分間の映画体験。

1969年の製作、今からもう50年以上も経つのに古臭さはあまり感じられない。それもそのはず、テクノロジーとは無縁の下町、最近の映画によくあるヘンテコなタイアップも挿入歌もない本作は、もはや年代不詳のおとぎ話の世界だ。作り物でないリアル昭和の風景を舞台に、大半が舞台出身者である演者たちがくり広げる物語は古いどころか新鮮ですらある。

本作は、ハリケーンのようなトラブルメーカー寅さんの出現により、周囲の人々に起こった事件をアップテンポで描く、いわば「葛飾柴又騒動記」だ。当時の喜劇映画のスタンダードである上映時間90分の中で次から次へとエピソードを消化していくため、下手をすれば散漫な映画、せわしないだけの映画になる可能性もあった。しかし、そんな印象を吹き飛ばし、本作の完成度をぐんと高めているのが、渥美清、前田吟、倍賞千恵子、志村喬ら俳優陣の熱演だ。

主人公・車寅次郎を演じる渥美清の演技は、自然体の演技とは真逆を行くクサイ芝居。しかし、舞台という実戦で客に磨かれつづけたクサイ芝居はなんとも絵になる。歌舞伎から大衆演劇を経て、渥美にいたった日本伝統のクサイ芝居は寅次郎に命を吹き込んでいる。

助演俳優たちも凄い熱量。博(前田吟)の一世一代の告白もさることながら、その求愛を受けとめるさくら(倍賞千恵子)の演技も凄い。このシーン、倍賞の瞳孔はパックリと開いており、さくらの興奮状態を言葉でなく目で表現している。愛の喜びが全身を駆け巡る人間の姿がそこにあり、思わず泣けてしまう。

作品に映画らしい風格をもたらすのは、博の父親を演じる名優・志村喬だ。彼にしかできない重厚感のある演技で、約3分におよぶ結婚式での独演を作品の大きな見せ場にしている。不機嫌そうな父親が重い口を開くまでのタメや緊張感の演出も素晴らしく、山田洋次監督の演出手腕が冴えわたっている。

第1作「男はつらいよ」は続編を想定していない一作完結の映画だったという。次作などない一発勝負の意識が監督にも演者にもあったからこそ、ここに全てをぶつける!という全力投球の覚悟が生まれたのだろう。このみなぎる熱気とエネルギーが本作のテンションを支えている。

ラストシーンのぱあっと広がる青空のごとく、爽快な後味をもたらす喜劇映画。男はつらいよは知っているが、なんとなく接点がなかったという人にこそ観てもらいたい。こんなにも熱気に溢れた映画だったのかと驚くことに違いない。

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ここからは第1作「男はつらいよ」のマニアック解説!
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第1作「男はつらいよ」マニアック解説

作品データ

第1作「男はつらいよ」作品データ

公開1969年(昭和44年)8月27日
上映時間91分
マドンナ光本幸子(当時26歳)
ゲスト出演者志村喬
主なロケ地奈良県・京都府
内容20年ぶりに故郷に帰った車寅次郎が、葛飾柴又で巻き起こす騒動の数々を描く。寅さんの帰郷がきっかけで妹・さくらが結婚・出産を迎える。
観客動員数54万3,000人 (第45位/全48作中)
『男はつらいよ』寅さん読本/寅さん倶楽部[編]より
同時上映喜劇・深夜族(伴淳三郎)
洋題It’s Tough Being a Man

第1作「男はつらいよ」詳細解説

「男はつらいよ」と車寅次郎はどのようにして生まれたか

映画「男はつらいよ」の成立過程はすでに広く知れ渡っている有名な話だが、あらためて振り返っておきたい。

「男はつらいよ」は元々フジテレビのドラマとして始まった。放送は1968年(昭和43年)10月3日から翌年の1969年(昭和44年)3月21日まで。毎週木曜夜10時に全26話が放送された。

渥美清は、このドラマ「男はつらいよ」以前に、すでにコメディアン・俳優として全国区の人気を獲得しており、「大番」「おもろい夫婦」「泣いてたまるか」などの主演ドラマを次々にヒットさせていた。渥美清とフジテレビプロデューサー・小林俊一(小林は後に第4作「新・男はつらいよ」の監督を務める)は、次回作を今までにない新しいドラマにしたいと野心を抱き、映画監督・山田洋次に脚本を依頼することにした。渥美清は、以前から山田洋次の作劇に注目しており、脚本を熱望していたのだという。

小林俊一とともに山田洋次の仕事場を訪問した渥美清は、打合せにおいて自身が少年時代を過ごした浅草の思い出話、特に、彼が憧れていたテキ屋たちのエピソードを面白おかしく話をした。座談の名手・渥美清の話に笑い転げた山田洋次は、そこから着想を得て「男はつらいよ」の企画・設定を作り上げた。

東京は葛飾柴又、帝釈天の参道に古くからの老舗だんご屋がある。そこではおいちゃん、おばちゃん、姪っ子のさくらたちが平和に暮らしている。さくらには異母兄妹の兄・寅次郎がいるが、彼は数十年前にぷいっと家出をして以来、消息が不明。そんな寅次郎が、ある日突然葛飾柴又に帰ってくる。寅次郎はインチキな品物を口八丁で売りさばくテキ屋を稼業としており、葛飾柴又の平和な暮らしは彼の登場によって大きく乱されることになる……。

渥美清は、このドラマ「男はつらいよ」の企画・設定を初めて聞かされた時のことをこう振り返っている。

「わたくし、山田さんから、そういうドラマの設定を説明されたとき、どうして、自分のあんな大ざっぱなくだらない雑談が……しかもバカ話が、こういうすばらしいものに化けてしまったのか?実は今でも驚いてるわけでございますよ。
 考えてみますとやっぱり、役者と作者の違いは、ここにあるわけで、わたくし、あのとき、その違いというものをはっきり見せつけられたような気がしたのでございますよ。」

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こうして、渥美清主演のテレビドラマ「男はつらいよ」と、渥美清最大の当たり役・車寅次郎が誕生したのである。

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「男なつらいよ」テレビドラマ版から映画版に至る経緯

当時、テキ屋のようなアウトローが主人公になるホームドラマは異質で、破天荒な寅次郎のキャラクターに眉をひそめる向きもあったようだ。しかし、渥美清×山田洋次のコンビによるドラマ「男はつらいよ」は徐々にお茶の間に受け入れられファンを獲得していく。そして迎えたテレビドラマ最終回の第26話。ここで映画版「男はつらいよ」の成立につながる大事件が起きる。

山田洋次は最終話にて、主人公の車寅次郎が奄美大島でハブにかまれて死ぬという結末を用意したのだ。毎週毎週、寅次郎の活躍を楽しみにしていたファンにとって大変ショッキングな結末だったことに加えて、その見せ方も大いにまずかった。2023年現在も入手可能なDVDで詳細を確認できるが、寅さんの死は舎弟・裕次郎(佐藤蛾次郎)の回想により事後報告としてあっさり片付けられてしまうのである。

結果、ドラマの放送終了直後からフジテレビには猛烈な抗議の電話・手紙が大量に届くことになった。私ももちろんこのDVDを見たが、渥美清の熱演によって寅次郎の最期はとんでもなく緊迫感に満ちた凄惨なものになっており、こんな死に様を見せつけられれば抗議したくなる気持ちも十分に頷ける。

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山田洋次は当時をこう振り返っている。

最後の二十六回目に寅さんが奄美大島でハブにくわれて死んでしまったとき、抗議の手紙や電話が局に殺到するまでになっていました。抗議してくる人のなかには、「てめえの局の競馬は二度と見ねえ」とか「うちの若い者がこれからなぐりこみにゆく」というようないい方をする種類の人も多かった。(中略)視聴者のなかにはすでに寅さんが息づいていて、観客にとってはまるで兄弟のような親しい存在になっているのに、それを生みだした作家の私が私なりの料簡で勝手に殺してしまったのはまちがったやり方ではないか、観客の気持を考えない不親切なつくり方ではなかったかと反省させられて、映画のスクリーンのなかにもう一度寅を生きかえらせなくてはいけないと、私はずっと考えていました。

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かくして、山田洋次は映画版「男はつらいよ」の企画を所属する松竹株式会社に提案する。松竹上層部は、一度テレビでやったものを映画にして客は入るのか?とこの企画に難色を示したが、山田洋次は当時の社長・城戸四郎氏に喧嘩腰で掛け合い、映画化を承諾させたという。こうして、映画「男はつらいよ」は無事クランクインを迎えた。

しかし、松竹は映画版寅さんにほとんど期待をかけておらず、映画完成後もすぐには公開されなかった。後に松竹のドル箱シリーズとなる「男はつらいよ」は、実は冷遇状態から始まっていたのである。

さて、当の出演者たちはテレビドラマ版から映画版への移行をどのように思っていたのだろうか。テレビドラマ版、映画版の両方に出演した秋野太作は、初めて第1作を観た時の印象を自著「私が愛した渥美清」の中でこう振り返っている。

 大きな画面に……何だか晴れがましくも……
 〈寅〉が映り……
 私までが、映っていた。
 見ていくほどに……
 それは、素晴らしい出来上がりと、わかった。
 文句なしに、良かった。……新鮮だった。
 ……私は、感心した。
 隅々までキチンと計算が行き届き──野放図だった、それがまた良さでもあった、テレビ版の趣きとはまた違う──隅々までが良く制御された、気配りの行き届いた、「監督」というものの存在による、知性のフィルターを通して濾過され、表現された──映画というものの美しい世界……。
 テレビ映像とは異なる、醍醐味のある、見ごたえのある劇世界が──楽しく、活力にあふれて、大画面に展開されていた。

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秋野太作が振り返るように、映画「男はつらいよ」にはテレビドラマ版にはなかった映画ならではの風格が生まれている。例えばラストシーン。横長のシネスコいっぱいに、額に汗して商売に精を出す寅次郎と風光明媚な天橋立の景色がフルカラーで広がるシーンには、テレビドラマにはない圧倒的なダイナミズムがある。

これは想像でしかないが、渥美清も秋野太作と同様に、いや、それ以上に、第1作「男はつらいよ」の出来栄えに感動したのではないか。自分の頭の中だけにあった浅草のテキ屋たちの思い出、それが山田洋次監督のフィルターを通して車寅次郎に生まれ変わり、やがて、緻密に練り上げられた脚本・演出によって、テレビドラマ以上の熱気が溢れる映画作品として形になったのだから。

テレビドラマ版で車寅次郎を殺してしまった山田洋次も、寅次郎を見事スクリーンの中に生き返らせることができ、胸のつかえがようやく取れる思いだったのではないだろうか。

第1作「男はつらいよ」作品の見どころ

見どころ1:シリーズ全48作中もっとも危険な「壊し屋寅次郎」

第1作「男はつらいよ」の見どころは、何と言っても渥美清の熱演だ。後年の寅さんにはない迫力、凄み、狂気をはらんだ渥美清の演技は必見だ。

寅さんファンにはもうおなじみだが、彼が演じる車寅次郎は、作品を重ねるにつれて性格が丸くなり、口調もマイルドになり、時には聖人のような行いでマドンナや周囲の人々を助けるキャラクターに変化していく。一方、第1作の寅さんは、血の気が多くてガサツ、肩で風切って歩きながら、周囲の平穏やバランスを破壊していく完全な厄介者だ。妹・さくらの縁談をぶち壊し、共栄印刷の職工たちと対立し、互いに惹かれあうさくらと博の仲を引っ掻き回す。「壊し屋」という呼び名がぴったりくる第1作の寅さんは、シリーズ全48作中もっとも危険でヤバい寅さんといっても過言ではない。

さくらのお見合いを破壊するシーンは、まさに壊し屋寅次郎の真骨頂だ。周囲の静止を一切聞かず、マシンガンのように汚言をまき散らす寅さんの姿には、演技を超えた「ほんまもん」の迫力がある。人によってはこのシーンで体調を悪くする人さえいるのではないか。

作品の終盤、舎弟・登を突き放すシーンでは、「馬鹿野郎!甘ったれるない!」と迫力のある怒声を張り上げる。ピシャリと言い放つ際の勢い、声の張りは絶品で、このシーンだけ東映ヤクザ映画のような雰囲気が生まれている。

第2作以降でも時折、寅さんの破壊行動や怒声は見られるが、ここまでの鬼気迫る寅さんは第1作だけのものである。シリーズ化を前提としていない第1作だからこそ見られる渥美清の熱演だ。

見どころ2:渥美清の「クサイ芝居」は誰にも真似できない天賦の才

第1作の車寅次郎は怒ってばかりではない。20年ぶりに妹・さくらと再会を果たした歓喜の寅さん、マドンナに手を握られて有頂天の寅さん、マドンナにフラれて悲しみのどん底に落ちる寅さんなど、喜怒哀楽すべての感情を作品内で爆発させている。

「怒」の寅さんは憎たらしいが、「喜」「哀」「楽」の寅次郎には親しみ、同情、おかしさなどの気持ちがごく自然に沸き上がる。この「ごく自然に」様々な感情を観客に抱かせられるところが俳優・渥美清の凄さだ。

第1作を見ればわかる通り、渥美清の演技は大袈裟でオーバーアクション気味だ。まるでドサ回りの旅芸人が見せる大衆演劇のような演技だが、それを見ている時、我々観客は「わざとらしい」「不自然だ」とネガティブな感情を抱くことはない。むしろ、「おかしい」「馬鹿だなあ」と寅次郎に親しみや共感のポジティブな感情を抱く。こんなにもクサイ芝居をしているのに、それが無性に笑えて泣けるものになるのは、もはや天賦の才としかいいようがない。

私は常々「男はつらいよ」のリメイクは不可能と思っているが、その理由はただ一つ、渥美清のような天賦の才を持った役者が他にいないからである。仮に、第1作「男はつらいよ」の寅次郎を別の俳優が演じたら、悪くはないが良くもない印象の薄い作品になるのではないか。渥美清が車寅次郎に圧倒的な躍動感と強烈な実在感を与えるからこそ、「男はつらいよ」シリーズは成立するのである。

見どころ3:人間の本性を笑いにする寅さんは100年後にもきっと笑える

第1作の渥美清の演技の中で、私が好きなものの一つは、作品の42分から始まる「寅さん2回目の帰郷シーン」である。

旅先から上機嫌で帰ってきた寅さんは、マシンガントークでおいちゃん・おばちゃんに挨拶をすると、その直後、さくらと親しくする共栄印刷の職工たちに「気安いぞこの野郎?」と因縁をつける。特に、博に対してはガンを飛ばして「何見てやがんだてめぇこの野郎……」とヤクザばりに凄むのだが、マドンナに「寅ちゃん?」と呼ばれた瞬間、「はぁい?」と態度を豹変させ、まるで犬のようにマドンナの元に駆けてゆく。喜怒哀楽の激しすぎる寅さんに、私は毎回声を出して笑ってしまう。

「男はつらいよ」シリーズの渥美清は、変な顔や大袈裟なアクション、一発ギャグなどのいわゆる「アチャラカ」で笑いを取ることはあまりない。このシーンのように、好きな女性に声を掛けられて豹変する男の間抜けさ、つまり、人間の中にある欲望や見栄、ズルさなどを道化として誇張することで笑いを取っている。時を経ても変わらない人間の本質で笑いを取るから、1969年公開の第1作「男はつらいよ」は、2023年現在も笑えるし、おそらく100年後に見ても十分笑えるはずだ。

ちなみに、美しい女性を前にしてコロっと態度を変える寅さんの豹変は、「男はつらいよ」シリーズのお約束としてその後も繰り返し再演されるが、第1作のこのシーンを見れば再演にも納得がいく。何度でも何度でも繰り返し味わいたい渥美清の名人芸である。

第1作「男はつらいよ」あらすじ・ストーリー

第1作「男はつらいよ」あらすじ

20年ぶりに寅さんが故郷の葛飾柴又に帰ってきた。寅さんは生き別れの叔父、叔母、妹・さくらと感動の再会を果たすが、翌日にはさくらのお見合いをぶち壊して大喧嘩に。その後、奈良をフラフラしていた寅さんは柴又帝釈天の娘である冬子に出会って一目惚れ。冬子の後を追いかけて再び葛飾柴又に戻ってきた。帰郷した寅さんは早速、裏手の印刷工場の従業員たちと揉め事を起こすが、リーダー格の博がさくらに惚れていることを知ると二人の縁結びを買って出る。しかし、寅さんのいい加減な伝達が原因で博は自分がフラれたと思い込む。博は印刷工場を出ていく決心をし、旅立ちの前に募るを想いをさくらに打ち明けた。すると事態は思わぬ展開に……。

第1作「男はつらいよ」ストーリー

20年ぶりに故郷の葛飾柴又に帰ってきた車寅次郎は、叔父と叔母が経営するだんご屋・とらやで、生き別れの妹・さくらと再会する。翌日、さくらのお見合いに同席した寅さんは、下品な言動でお見合いをぶち壊し、とらや一同と大喧嘩をして葛飾柴又を去る。

その後、奈良でフラフラしていた寅さんは、柴又帝釈天の住職の娘であるマドンナ冬子に出会う。冬子は奈良で病気療養中だったが、体調が回復したため葛飾柴又に戻ることに。冬子に好意を抱いた寅さんは、冬子に便乗して柴又に戻ってきた。

とらやに帰った寅さんは共栄印刷の従業員たちと揉め事を起こすが、その中の一人・博がさくらに惚れていることを知ると縁結びを買って出る。しかし、縁結びは失敗。絶望した博は会社を辞めて葛飾柴又を出ていく決心をする。出発前に博がさくらに思いを打ち明けると、さくらも博に好意を寄せていることが分かり、2人は結ばれる。後日開かれた結婚式には、博と絶縁状態だった博の父親が出席し、結婚式をきっかけに博と父は和解した。

その後、寅さんは冬子への恋心をさらに募らせていた。しかし、冬子にフィアンセがいることを知ると、寅さんは傷心のまま葛飾柴又を飛び出して旅に出ていった。1年後、さくらと博の間には子供が生まれ、とらや一同は寅さんのいない穏やかな日々を平和に過ごしていた。

第1作「男はつらいよ」名言・名セリフ

第1作「男はつらいよ」名言
わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯をつかい、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。

「男はつらいよ」テーマソングに乗せて発せられる寅さんのおなじみの挨拶。このセリフはテレビドラマ版から使われており、映画版でもほぼ全作品で発せられている。

第1作「男はつらいよ」名言
電子やってんの!?そりゃあたいしたもんだよ!今の世はなんつったって電子だからねえ。

寅さんは、妹さくらの仕事が「オリエンタル電機の電子計算機係」であると知り、驚きとともにこの発言をした。

第1作「男はつらいよ」名言
尸(しかばね)に水と書いて尿!つまりしょんべんだ。尸に米と書いて屎(ふん)!つまりこれはくそですよね。で、あっしが変だなあと思うのはね、尸にヒ2つ書いてこれがなんと、屁なんだよ屁。どうして屁がヒか?つまりおならはピィー!ってしゃれかなっと思って、へへへっ!

妹さくらのお見合いの席にて。寅さんは、さくらの名前の漢字が「櫻」であることを説明した後、「漢字って面白うございますねぇ」と興に乗ってこの発言をした。

第1作「男はつらいよ」名言
みなさん、私は早いんだよ!早飯早糞芸のうちってね!見せたいくらいだな!座ったなっと思ったらぺロっとケツ拭いちゃうの!

妹さくらのお見合いの席にて。トイレのために離席する際の寅さんの一言。

第1作「男はつらいよ」名言
おまえ頭悪いなおい!お前と俺は別な人間なんだぞ?早い話しがだ、俺が芋食っておまえの尻からプーと屁がでるか?どうだ!ざまあ見ろい!

寅さんと博の決闘シーンより。博から「あんたが俺と同じ状況になれば、今の俺と同じ気持ちになるはずだ」と言われたことを受けて、寅さんはこのように見事に切り返した。

第1作「男はつらいよ」名言
よっ!どうしたい?相変わらずバカか?

マドンナ冬子とともに帝釈天参道を歩いて上機嫌の寅さん。すれ違うご近所さんに明るい調子でこの言葉をかけた。

第1作「男はつらいよ」名言
バカだね、もう、ほんっとにバカだよありゃ……

おいちゃんの発言。寅さんがマドンナ冬子の後を犬のように追いかけている姿を見て、やり切れない表情とともにこの発言をした。

第1作「男はつらいよ」名言
おい枕、さくら……いやいや、さくら、枕出してくれよ。

おいちゃんの発言。おいちゃんは座敷に横になろうとした時、うっかり「さくら」と「枕」を言い間違えてしまう。それほどまでに甥・寅次郎の言動に悩まされていたのだ。

第1作「男はつらいよ」名言
てめぇなんかにな……中小企業の経営者の苦労がわかってたまるかっつうんだよぉぉ……

タコ社長の発言。部下の博が突然寮を飛び出していったことを受け、タコ社長は原因を作った寅さんを責める。しかし逆に「てめぇの工場なんて潰れた方が日当たりがよくなる」と反論されてしまい、悔しさに耐えながらこの発言をした。

第1作「男はつらいよ」名シーン

寅さん、20年ぶりに葛飾柴又に帰る 00:00:00~

映画冒頭、寅さんのモノローグからテーマソング「男はつらいよ」に至る流れは、映画のオープニングとして文句がつけようがない完璧な出来栄えだと思う。

オーケストラの華々しく優しい劇伴に乗せて、耳に心地よい良い渥美清の一人語りが始まる。巻き舌の発音、音の強弱・高低を巧みに出し分けるその口調は、車寅次郎という架空のキャラクターに映画開始数十秒にして確固たる実在感を与えている。

やがてタイトルバックが終わると、画面いっぱいに広がるのは車寅次郎のアクの強い顔面だ。決して二枚目とは言えないが、ここまで「絵になる顔」「濃すぎる顔」にはなかなかお目にかかれない。野草を口でいじりながら、20年ぶりの風景を万感の思いで見つめる寅次郎の、待ち焦がれたような、気恥ずかしいような、得も言われぬ表情を見る度に、私は心の中でいつも「寅さ~ん!」と叫んでしまうのだ。

寅さん帰郷の挨拶と「電子応用ヘルスバンド」 00:06:10~

帰郷した寅さんはその後とらやに招かれ、おいちゃん・おばちゃんに再会する。

弟の身持ちまして、いちいち高声に発する挨拶失礼さんです

第1作「男はつらいよ」

古い任侠映画のようなうやうやしい挨拶をしたかと思えば、突然、極めて怪しげな「電子応用ヘルスバンド」の紹介を始める寅さん。堅苦しい挨拶のはずが、いつの間にかインチキな商品を売りつけるテキ屋のセールストークになっているのがたまらなくおかしい。さくらの仕事「キーパンチャー」を「キーパン?」と略す特異な言語感覚も寅さんならではだ。

寅さんとさくら、20年ぶりの再会 00:09:37~

「男はつらいよ」シリーズは、同じやり取り・イベントを何度も何度も繰り返すのが特徴。しかし、長いシリーズの中で一度きりのイベントも稀にある。それが、寅さんとさくら20年ぶりの再会である。

再会シーンは何テイクか撮影していたようで、採用されなかったテイクが映画予告編に収録されている。まずは下記の動画を見てほしい(該当部分0:20秒から始まるようにセットされている)。

本編の採用テイクと比べると、さくらが「お兄ちゃん?」と尋ねる際の調子、それに対して寅さんが「そうよ、お兄ちゃんよ!」と答える時の調子が異なっており、印象がだいぶ違う。このシーン、寅さんが甲高い声で「そうよ、お兄ちゃんよ!」と言うからこそ、さくらに会えて嬉しくてたまらない気持ちが伝わってくる。山田監督の演出の妙である。

そして、この再会を「しょんべんしてくらぁ」の一言であっさり打ち切り、サクっと次のシーンに移ることで作品にテンポが生まれていることにも注目したい。

さくらのお見合いをぶち壊す寅さん 00:15:34~

第1作ならではの「壊し屋寅次郎」を存分に味わえるのがこのお見合いシーン。酒の勢いもあって、寅さんの暴走には一切ブレーキが利かない。その場に居合わせた人々のいたたまれない気持ちをぜひバーチャル体験してほしい。ちなみに、私の妻は「こういうのほんっと無理!」といってこのシーンを受け付けない。渥美清の迫真の演技が、リアルな嫌悪感を呼び起こすらしい。

「壊し屋寅次郎」には、場の空気を読むとか、相手の気持ちを察するとか、常識的な日本人がわきまえている社交ルールが通じない。だから、お見合いの席で自分とさくらが異母兄妹の関係であることを平然と話してしまう。

周囲の人間にとってやっかいなのは、その行動が基本的には「良かれと思って」実行されていることだ。普通なら控える話題も、「こういうことははっきりさせとかなきゃさくらが可哀そう」という良かれ理論で寅さんは突っ走る。それが根っからの悪事ではないからこそ、周囲は寅さんを静止しきれず、彼の独壇場を許してしまうのである。本当に困った人間である。

ある寅さんファンのアメリカ人は、このシーンに「日本のヒエラルキー(社会階層)が表れている」と言った。なるほど、テーブルマナーを理解している部長たちと、そうでない寅さんの間には、確かな階層が存在しているように見える。日本人には気づきにくい視点かもしれない。

第1作ならではの激しい啖呵売(たんかばい) 00:24:20~

寅さんは、縁日や人の多い往来で物を売る露店商=テキ屋を生業としている。テキ屋が「焼けのやんぱち日焼けのなすび」といった口上を述べながら物を売ることを「啖呵売(たんかばい)」と言い、寅さんの啖呵売は「男はつらいよ」シリーズの全作品に登場するお約束のシーンになっている。

後年の作品になると、啖呵売シーンは物語の合間にさらっと消化される程度の扱いになるのだが、第1作「男はつらいよ」の啖呵売シーンは激しさが段違いであり、話の筋には関係ないが本作の見どころの一つになっている。乞食、ババア、など、荒々しい言葉を使うのも第1作の寅さんならではだ。

「さあ!畜生!さあ、もうヤケだ!捨てちゃうぞこんなの、持って来やがれ!好きなもん持ってけ!どうだこの乞食!」

「お前らこれ持ってけ!ダメ?帰れババア!」

「よしこうなったらもう俺は死んだつもりだよ!畜生、火ぃつけちゃうぞ!おい、おじさん持ってけ!」

第1作「男はつらいよ」
寅さんと博の決闘 00:45:40~

博は、「大学を出てない奴にはさくらを嫁にやれない」という寅さんの考えを改めさせるため、決闘シーンでこんな例え話を展開する。

仮に、あんたに好きな人がいて、その人の兄さんが、“お前は大学出じゃないから妹はやれない”と言ったら、あんたどうする?

第1作「男はつらいよ」

しかし、寅さんに例え話は通用しない。博の「あんたに好きな人がいて」という発言を受けて、寅さんは自分の好きな人=マドンナ冬子を実際に思い浮かべ、「馬鹿野郎、いるわけねえじゃねえか(冬子さんに兄さんはいない!)」と反論してしまう。この時の寅さんは、例え話=抽象的思考が一切できない真正バカの表情をしている。ああ渥美清はどうしてこんな演技ができるのだろう!?

最終的に寅さんは「お前は大学を出なきゃ嫁はもらえねえってのか?」と当初と真逆の主張を始めてしまい、絶望的に話が通じない。

博、一世一代の告白 00:53:52~

諏訪博を演じる前田吟は、寅さんシリーズの全作品に登場しているが、彼がもっとも輝いたシーンと言えば、やはり第1作のさくらへの告白シーンだろう。

僕の部屋から、さくらさんの部屋の窓が見えるんだ。朝、目を覚まして見てるとね、あなたがカーテンを開けてあくびをしたり、布団を片付けたり、日曜日なんか楽しそうに歌を歌ったり……冬の夜、本を読みながら泣いてたり……。あの工場に来てから3年間、毎朝、あなたに会えるのが楽しみで。考えてみれば、それだけが楽しみで、この3年間を……。僕は出ていきますけど、さくらさん幸せになってください。さようなら。

第1作「男はつらいよ」

この告白で博は、「好きだ」「愛している」と言った言葉を一度も使わないのだが、3年間溜まりに溜まった自分の思いをストレートにぶつけた結果、100万回の「好きだ」よりも心を打つ愛の告白になった。こんな告白をされて心が揺れ動かない女性はいないのではないかというくらい、熱がこもった真実の愛の言葉である。

寅さんの舎弟・登を演じた秋野太作(第1作当時は芸名・津坂匡章)の著書「私が愛した渥美清」によると、このシーンの撮影で前田吟は36回のNGを出したという。撮影現場の様子について、倍賞千恵子は著書「倍賞千恵子の現場」の中でこう述べている。

吟ちゃんは、しっかり自分の演技プランがあって、それをもって臨んだけれども、山田さんに、

「そんなにオーバーじゃなくていいんだ。もっと普通で」

て言われて、何回もテストをやり直すことになります。

「あのときは吟ちゃんが大芝居してさ」

と山田さんはなつかしそうに振り返り、そうそう、確かにあのカットは何回もやったな、と思い出しました。

「倍賞千恵子の現場」
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なぜ、山田洋次監督は前田吟に何回もやり直しをさせたのか。その背景にある考えを山田洋次監督は著書「映画をつくる」の中でこう述べている。

私はよく俳優に、あなたが日常ふるまうように動いてくれ、あるいは日常しゃべるようにしゃべってくれと注文しますが、じつは俳優にとっては、その日常と変わりない動作が演技としてできるということは、それができれば一人前の俳優といっていいぐらいにむずかしいのです。カメラの前で日常ふるまうように自然に演技するためには、じつはたいへんな努力と緊張が必要なのです。

非日常的な表現、たとえば、ひどく特殊なせりふを特殊ないいまわしでしゃべったり、眼をむいてすごみをきかせて大見得をきったりすることはそんなにむずかしいことではない。誰にもできることだといっても過言ではありません。しかし、観客にふと自分の人生をふりかえり、自分が体験したある種の感情を思いあたらせるようなリアルで自然な演技はそう簡単にできることではありません。兵隊やヤクザ、あるいは娼婦をやれば俳優はみんなうまく見えるという理由は、まさにそこにあるわけです。

「映画をつくる」

おそらく、前田吟の当初の演技は大袈裟なもので、山田洋次監督が言う「ある種の感情を思いあたらせるようなリアルで自然な演技」ではなかったのだろう。結果として出来上がった第1作のこのシーンを見れば、前田吟の36回のNGは決して無駄ではなかったと私は思う。

柴又駅ホームで見つめ合うさくらと博 00:56:35~

柴又駅のホームで見つめ合うさくらと博のシーンには、実はセリフが全然ない。同シーンを脚本のト書き風に書き出してみよう。

さくら「博さん」

(さくら、博にかけよる)

(博、何事か?とさくらを見つめる)

さくら「……」

(さくら、何か言いたげだが言葉が出てこない)

博「……」

(博、さくらのことを不思議そうにポカンと見ている)

さくら「……」

(さくら、落ち着きを取り戻し、博のことを愛おしく見つめる)

(駅のホームに電車の発車を知らせる警笛が鳴る)

さくら「ねえ」

(さくらは博を電車内に押し込めて、自分も電車に飛び乗る)

第1作「男はつらいよ」

さくらの発言は「博さん」「ねえ」だけ。それ以外はさくらと博のアップだけでシーンは構成されている。言葉にすれば陳腐になりかねないさくらの機微な感情を、倍賞千恵子は表情だけで完璧に表現している。これこそ女優の仕事である。

二人が飛び乗った電車がゆっくりと去る様子はとても映画的で、スクリーンに美しい余韻を残している。

結婚を報告するさくらと、それを認める寅さん 00:57:31~

シリーズ全作品に登場するさくらには数えきれないほどの名シーンがあるが、第1作の「さくらの結婚報告」は、彼女がもっとも輝いたシーンの一つである。

お兄ちゃん、わたし、博さんと結婚する。決めちゃったの。いいでしょう?ねえお兄ちゃんいいでしょう?

第1作「男はつらいよ」

頬を上気させ、目を輝かせながら報告するさくらの表情には、最愛の人を見つけたという強い確信がみなぎっている。「決めちゃったの」「いいでしょう?」という言葉には、もう誰にも反対させないという確固たる気持ちが感じられる。愛の喜びが全身を駆け巡る人間の姿がそこにあり、同じように幸せな経験をしたことがある人ならば、共感で心が潤うだろう。

そんなさくらの報告を受けた寅さんは神妙な顔をして黙って頷くだけ。どんな時でも相手の言葉の3倍近くの言葉を応酬する寅さんにとって、これは異常事態である。

言葉の代わりに寅さんが見せた表情からは、寅さんの複雑な心模様が窺える。さくらの結婚を素直に祝いたい気持ち、博との仲を引っ掻き回したことの申し訳なさ、それでも博との関係が壊れなかったことの安堵、可愛くて仕方がない妹が離れていってしまう寂しさ、結局さくらのために何もしてやれなかった自分の情けなさ……。今まで一度も見たことがないさくらの幸せな表情を見た瞬間、あらゆる感情が濁流のように押し寄せてきて、寅さんはフリーズしてしまったのだ。

結局、寅さんはさくらにくるりと背中を向けて、無言で大きく頷くことしかできなかった。寅さんの大きく頷く姿からは、寅さんの不器用さが伝わってくる。

さくら「いろいろありがとう」

寅「……」(寅さん、さくらに背中を向けて無言で大きく頷く)」

おばちゃん「おめでとう」

寅「……」(寅さん、おばちゃんの言葉に同意するように、無言で大きく頷く)

第1作「男はつらいよ」
諏訪飈一郎の感動スピーチ 01:06:32~

志村喬は、博の父・諏訪飈一郎(すわひょういちろう)として、第1作「男はつらいよ」第8作「男はつらいよ寅次郎恋歌」第22作「男はつらいよ噂の寅次郎」に出演している。どの作品でも印象深い重厚感のある演技を見せており、彼が出演するだけで、そのシーンが作品のハイライトになるという稀有な俳優だ。第1作ではさくらと博の結婚式で感動のスピーチを披露し、作品のクライマックスと言っても過言ではない見せ場を作っている。

やんやと盛り上がる結婚式で、終始無言のまま視線を下に落とす諏訪飈一郎とその妻は、明らかに異物感を放っている。寅さんは、めでたい晴れの席で仏頂面をさらし続ける諏訪飈一郎にイラつきを隠さない。無言の諏訪飈一郎と、イラつく寅さんを繰り返し見せることで、緊張状態をジワジワ高めていく演出がうまい。寅さんはさくらの縁談をぶち壊した前科もあるから、我々観客は結婚式が滅茶苦茶にならないかとハラハラしてしまう。

諏訪飈一郎のスピーチがいよいよ始まる。彼が口を開くまで、たっぷり30秒もの間を取ることで我々観客の緊張はピークに達する。

本来なら、新郎の親としての、お礼の言葉を申さねばならんところでございますが……

第1作「男はつらいよ」

ああ、やっぱり諏訪飈一郎はこの結婚式が不満なのだ……。この後起きる寅さんの大暴れに備えて私たちが身構えていると、飈一郎は一転、「私ども、そのような資格のない親でございます」と続け、息子・博に対する赤裸々な懺悔を訥々と語り出した。

ピーンと張り詰めた緊張の後に、意外性のある言葉が続くことで、我々観客はこのシーンにぐっと引き寄せられる。そして、飈一郎が言葉を語り終えると、張り詰めた緊張は一気に弛緩し、作品内の寅さんと同じようにあたたかな感動に包まれる。 緊張をジワジワ積み上げていく山田洋次監督の演出と、名優・志村喬の演技の相乗効果により、このシーンの感動が何倍にも大きなものになっていることにぜひ注目してほしい。

恋に浮かれる寅さん、そして失恋 01:16:20~

寅さんは、マドンナ冬子に手を握られて有頂天になり、深夜の帝釈天参道を歌い踊りながら家路をたどる。恋の喜びによってまるで地球の重力が少し軽くなったかのような、ご機嫌な寅さんの舞である。

渥美清の死後、製作・公開された山田洋次監督の映画「虹をつかむ男」には、この寅さんの舞が引用されている。「虹をつかむ男」では、映画「雨に唄えば」でジーン・ケリーが雨の中歌い踊る有名なシーンも引用されているが、山田洋次は寅さんの舞とジーン・ケリーの舞を作品の中で並列に扱うことで、渥美清が映画史に残る名優になったことを示したかったのだろう。

寅さんの失恋 01:18:50~

寅さんの失恋の描き方も第1作ならではだ。

マドンナ冬子にフィアンセがいると分かった瞬間、カメラは寅さんの呆然とする表情をアップで映し出し、マイナー調のBGMを重ねることで悲劇を強調している。後年の寅さんになると、このようなわかりやすくドラマチックな失恋の演出はなくなっていくので、寅さんシリーズに慣れた視聴者が久しぶり第1作を見直すと、失恋シーンに何か違和感を覚えるかもしれない。

さらに言えば、後年の寅さんシリーズになると、寅さんの失恋はマドンナのお悩み解決と表裏一体の関係になる。寅さんの悲しみとマドンナの幸福が絶妙に混じり合い、男はつらいよシリーズでしか味わえない、特有のビター・スイートなテイストを醸し出すようになるのだ。寅さんだけがひたすら悲しい思いをする失恋は、第1作から第5作あたりまでの特徴と言える。

それにしても、失恋した寅さんのドアップは本当に絵になる。笑わせるための作為的な表情はしていないのに、浮かれたカラフルな麦わら帽子と、生きたモアイ像のような立派な顔の対比により、寅さんの悲劇は我々観客にとって見事な喜劇になる。寅さんには申し訳ないけれど。

寅さんの旅立ち、登との決別 01:21:00~

「男はつらいよ」はほぼすべての作品で、物語終盤に寅さんが葛飾柴又を飛び出し、その後エンディングを迎える構成になっている。第1作の寅さんは、マドンナにフラれ、家族にも陰口を叩かれ、散々な目に遭って逃げるように去っていく。

すでに述べたが、後年の寅さんシリーズでは、寅さんの失恋とマドンナの願望成就はセットになる。そのため、寅さんはそそくさと逃げるように旅立つのではなく、マドンナの願望成就にあたってのコメントをいくつか残し、さくらもそれに共感をして、惜しまれながら旅に出るようになる。この「寅さんの旅立ち」は、作品の締め括りに欠かせない重要なシーンになっていくのだが、お約束が確立する以前の第1作は余韻も少なくあっさりした形で終わる。

代わりに用意されているのが、上野駅で舎弟・登との決別シーンだ。同業者の登と一緒にいる時の寅さんは、堅気の人々といる時の寅さんと違う。一緒に連れてってくれとせがむ登に対して、凄まじい怒気を全身から放っており、まるで東映ヤクザ映画のワンシーンのようになっている。

登と決別した後、寅さんは一人で「畜生!人の気も知らないで、馬鹿野郎」といってむせび泣くのだが、寅さんがここまでわかりやすく涙を見せるのも第1作ならではだ。

第1作「男はつらいよ」出演者

メインキャスト

[車寅次郎]渥美清

「男はつらいよ」シリーズの主人公。通称・寅さん。縁日や往来で様々な物品を売るテキ屋を生業としている。父・平造が芸者との間にもうけた私生児であり、妹・さくらとは腹違いの異母兄妹。幼い頃に父親と大喧嘩をして家を出たが、20年ぶりに生まれ故郷の葛飾柴又に帰ってきた。第1作「男はつらいよ」は彼の帰郷から幕を開ける。

[車さくら]倍賞千恵子

車寅次郎の妹(寅さんとは異母兄妹)。オリエンタル電機の電子計算機係。寅さんによると戸籍上の本名は「車櫻」。寅さんが家出した後、父・母・長男と暮らしていたが全員と死別する。その後、叔父・平造の元に身を寄せて育った。兄・寅次郎との20年ぶりの再会を喜ぶものの、寅次郎の自分勝手な振る舞いに手を焼く。最終的には寅さんのアシストで共栄印刷の印刷工・博とスピード結婚。結婚から1年後には男の子(後の満男)を出産。御前様によると幼い頃のさくらは、寅さんが父親に叱られて泣いているとそばに寄り添って一緒に泣くような心の優しい子だったらしい。

[坪内冬子]光本幸子

柴又帝釈天の住職の娘。寅さんとは幼馴染で、子供の頃は寅さんに「出目金」と呼ばれていた。病気療養先の奈良で外国人の観光ガイドをしていた寅さんに出会う。寅さんとボートレースに興じて大興奮するなどお茶目なところもある。作品の終盤、大学教授と結婚して相手の家に嫁いでいった模様。

[御前様]笠智衆

柴又帝釈天の住職。庚申の日のお祭りで寅さんと20年ぶりに再会、その後、旅先の奈良でも寅さんにばったり出会う。記念撮影の際、「はいチーズ!」の掛け声を間違えて「バッタァ~」と言ってしまう。

[諏訪飈一郎]志村喬

諏訪博の実の父親。名前は「ひょういちろう」と読む。名刺には「北海大学農学部・名誉教授」とある。さくらと博の結婚式にて重みのあるスピーチを披露し、寅さんをはじめ出席者を大いに感動させた。息子の博は高校生の時に家出をしており、結婚式での再会は実に8年ぶり。

[車竜造]森川信

柴又帝釈天の参道にある老舗だんご屋「とらや」の主人。甥・寅次郎との20年ぶりの再会に大喜び。その夜に痛飲して翌日極度の二日酔いになり、そのせいでさくらのお見合いには寅さんを代理で出席させることになった。心臓の調子が悪く、興奮するとすぐに具合が悪くなる。口ぐせは「バカだねぇ」。第1作では寅さんに対して通算3度の「バカだねぇ」発言をしている。

[車つね]三崎千恵子

柴又帝釈天の参道にある老舗だんご屋「とらや」の女将。甥・寅次郎との20年ぶりの再会に大喜びして涙ぐむ。寅さんからお土産でもらったインチキ健康グッズ「電子応用ヘルスバンド」を身に着けると、なんとなく体が軽くなったような気になってしまう。お人好しのおばちゃんである。

[諏訪博]前田吟

とらやの裏手にある共栄印刷で住み込みで働く印刷工。役職は主任技師。3年前から人知れずさくらに恋をしていた。寅さんのせいでさくらにフラれたと思い込み、募る思いをさくらに告白して共栄印刷を飛び出していくのだが、この告白が功を奏してさくらと結婚することになった。父・飈一郎と確執を抱えており、父については「俺がグレて高校退校になったとき、もう一生お前の顔なんか見たくない、俺が死んだと思って一人で生きていけって、そう言ったんだ。親父はそういうやつなんだ」と話している。

[川又登]津坂匡章

寅さんの弟分。青森県八戸出身。東京の路上で古本を売り捌いていたところ寅さんに再会。物語終盤、寅さんと一緒に旅に出るつもりだったが、寅さんに実家に帰れと凄まれ、泣きながら寅さんと別れた。しかし、その後のラストシーンでは京都・天橋立で寅さんと仲良く商売に励んでいた。

[源公]佐藤蛾次郎

柴又帝釈天で働く寺男(雑用係)。夜間の見回り、境内の掃除、散水などの仕事をこなす。巨人の野球帽をかぶっているが、よく見るとGYマークのワッペンがはがれているなど、身なりは汚い。

[桂梅太郎(タコ社長)]太宰久雄

とらやの裏手にある印刷工場・共栄印刷の経営者。20年ぶりに帰郷した寅さんが巻き起こす騒動にことごとく巻き込まれる。さくらと博の結婚式では媒酌人を務める予定だったが、手形の期限をコロっと忘れていたため遅刻してしまい、寅さんを大いにイラつかせた。

その他キャスト

[オリエンタル電機の部長]近江俊輔

オリエンタル電機の社員で、さくらの上司。さくらのお見合いに同席した。毎年3月の人事異動の時期になると各部門でさくらの取り合いになる、これを我が社では「ストーブリーグ」と呼んでいる、とサラリーマンジョークを飛ばす。ひたすらマナーの悪い寅さんに顔をしかめる。

[さくらのお見合い相手・鎌倉]広川太一郎

オリエンタル電機の下請け会社の社長の息子。さくらのお見合い相手。寅さんが皿から飛ばしたステーキの付け合わせが頭にヒットしてしまう。広川太一郎氏は後に人気声優となるが、この作品では「いや、そんなことは……」というセリフのみ。

[鎌倉の父]石島房太郎

オリエンタル電機の下請け会社の社長。さくらを自分の息子の嫁にすべく、さくらとの縁談を希望し、オリエンタル電機の部長に仲人を依頼した。お見合いの席ではさくらの名前の漢字を質問し、寅さんの汚い糞尿ジョークの呼び水となる。

[鎌倉の母]志賀真津子

さくらのお見合い相手の母親。お見合いにて酔っぱらった寅さんの傍若無人な振る舞いに耐え兼ねて途中で帰ってしまった。

[鎌倉の妹]津路清子

さくらのお見合い相手の妹。さくらのお見合いに同席。寅さんの糞尿ジョークに思わず笑ってしまう。

[結婚式の司会者]関敬六

博とさくらの結婚式の司会者。博の父・飈一郎(ひょういちろう)の漢字が読めず、「諏訪ウン一郎様」と紹介してしまう。なお、演じる関敬六は渥美清の下積み時代からの盟友。

[川甚の仲居]村上記代

さくらと博が結婚式を挙げた川甚の仲居。緑色の着物を着用。結婚式の各種進行手配を行う。

[共栄印刷の職工]石井愃一

共栄印刷の従業員。博とさくらの結婚式で、博とさくらの馴れ初めについてスピーチをして寅さんにヤジられる。なお、演じる石井愃一は渥美清の付き人をしていたことがある。

[共栄印刷の職工]市山達己

共栄印刷の従業員。寅さんと博が江戸川べりで対決する際に、「博さんだって昔は相当やってたんだ、あんなヤツの2人や3人どうってことないですよ」と強気の発言をする。さくらの結婚式余興ではギターを弾いていた。

[共栄印刷の職工]みずの晧作

共栄印刷の従業員。さくらの結婚式余興では左から2番目で歌をうたった。

[柴又のご近所]高木信夫

庚申の日のお祭りに飛び入り参加した寅さんを見て、「誰だいあの飛び入りは?」と発言。その後、寅さんとさくらの涙の再会をとらや店内で見守る。

[柴又のご近所]北竜介

庚申の日のお祭りに飛び入り参加した寅さんを見て、「見たことがないツラだなあ」と発言。その後、寅さんとさくらの涙の再会をとらや店内で見守る。

[柴又のご近所]後藤泰子

庚申の日のお祭りに飛び入り参加した寅さんを見て、「誰だろう?」と発言。その後、寅さんとさくらの涙の再会をとらや店内で見守る。

[柴又のご近所]谷よしの

庚申の日のお祭りに飛び入り参加した寅さんを見て、「土地の者かしら?」と発言。その後、寅さんとさくらの涙の再会をとらや店内で見守る。

[柴又のご近所]大塚君代

庚申の日のお祭りに飛び入り参加した寅さんを見ている。セリフなし。その後、寅さんとさくらの涙の再会をとらや店内で見守る。

[通りすがりの奥さん]秩父晴子

寅さんと同業者たちの集会を覗こうとする子供を、「こら、あっちいってあっちいって」と注意する母親役で登場。

[梅太郎の妻]水木涼子

桂梅太郎の妻。さくらと博の結婚式に参加。

[とらやの店員]米本善子

とらやの店員。若い娘さん。店先で団子を詰めるなどの作業をしている。セリフなし。

[博の母親]佐藤和子

諏訪飈一郎の妻。さくらと博の結婚式に登場。セリフはない。

[不明]大久保敏男
[不明]川島照満

ノンクレジットのキャスト

[共栄印刷の職工]長谷川英敏

さくらの結婚式余興シーンに登場。一番右に立っている。

[冬子のフィアンセ]山内静夫

マドンナ冬子のフィアンセとして一瞬だけ登場。

[オリエンタル電機の社員 & スナックの客]篠原靖夫

寅さんが博に女の口説き方を指南するスナックのシーンに登場。寅さんがさくらの会社を訪ねるシーン、結婚式の控室シーンにも登場する。なお、演じる篠原靖夫は渥美清の付き人を長く務めていた。

[満男(赤ちゃん)]石川雅一

映画の終盤に登場する赤ちゃんは、撮影当時近所に住んでいた一般人の石川雅一さん。山田洋次監督が赤ちゃんを探していたところ、石川さんが目に留まり出演に至ったのだという。石川さんは現在、東京都葛飾区で和菓子店「川忠(かわちゅう)本店」を営んでいる(参考:東京新聞Webサイト)。ちなみに、この時はまだ「満男」という名前が決まっていなかったようで、作品内では赤ちゃんの名前が一度も呼ばれていない。

キャストの参考文献

Webサイト「俳優メモ」(http://blog.livedoor.jp/donzun-actors/
書籍「みんなの寅さん from 1969」佐藤利明(アルファデータブックス)

第1作「男はつらいよ」豆知識・撮影秘話

オープニングの桜吹雪は、映画化決定前に先行撮影されていた

第1作の冒頭に映る桜吹雪は水元公園の桜。この時まだ「男はつらいよ」の映画化は正式決定していなかったが、「咲き誇る桜のカットが何かに使えるかも」「桜が散る前に撮影したい」という山田洋次監督の一存で先行撮影が行われたのだという。山田監督、やることがなかなか大胆である。(参考「みんなの寅さん from 1969」佐藤利明[52P])

まだキャラが定まっていない第1作の寅さん

映画冒頭の寅さんは、一般的によく知られる寅さんの格好と異なっている。白黒の格子柄ジャケット、ダークグレーのズボン、ワイシャツにネクタイ、そして足元は雪駄ではなく、白黒のお洒落な革靴を履いている。「こち亀」や「ゴルゴ13」といった長寿連載漫画の第1巻と同じように、我らが寅さんも初登場時にはキャラが定まり切っていなかったのである。

超レア!大部屋俳優たちが勢ぞろい!

大部屋俳優とは、チョイ役、端役を専門とする役者さんのこと。「男はつらいよ」シリーズにも複数の大部屋俳優が出演している。彼ら彼女らはしっかりと顔が映らず、セリフがないこともほとんどだが、なんと第1作「男はつらいよ」では珍しくアップで顔が映り、短いがセリフも用意されている。

該当シーンは作品の4分28秒頃から。寅さんシリーズの常連大部屋俳優たちが一度に出演しており、かなりのレアシーンである。順番に紹介しよう。

「誰だい、あの飛び入りは?」→高木信夫
とらやの向かいに立つ江戸屋の主人や、柴又のご近所として数多くの作品に出演。

「見たことのないツラだなぁ」→北竜介
葬儀屋、寅さんのテキ屋仲間、釣り人など、さまざまな役柄で数多くの作品に出演。

「誰だろう?」→後藤泰子
八百満の女将、旅館の仲居など、さまざまな役柄で数多くの作品に出演。第25作「寅次郎ハイビスカスの花」ではなぜか名前が「後藤やつこ」表記になる。

「土地のものかしら?」→谷よしの
旅館の仲居、花売りのおばさんなど、さまざまな役柄で数多くの作品に出演。大部屋俳優としては一番の出演回数を誇る。最終作の1つ前の作品、第47作「拝啓車寅次郎様」にも登場している。

無言で首をかしげる女性(セリフ無し)→大塚君代
柴又のご近所さんとして、第1作のほか、第4作「新・男はつらいよ」第5作「望郷篇」第6作「純情篇」に登場。

シリーズ作品を繰り返し鑑賞していると、「あれ?この人、前の作品にも出てたような……」という瞬間が頻繁に訪れる。まるで隠れキャラのように、大部屋俳優を探すことも寅さんシリーズ鑑賞の楽しみである。

タコ社長の会社の名前が「共和印刷」

タコ社長が経営する印刷会社は、第1作から第4作までは「共栄印刷株式会社」という名前になっている。(第5作からは「朝日印刷株式会社」という名称に固定される)。作品の12分32秒頃、建物の外壁のトタンに「共栄印刷K.K」とペンキで書かれていることで会社名がわかる。

さくらのお見合いシーンに人気声優・広川太一郎が出演している

さくらのお見合い相手・鎌倉を演じているのは、人気声優の広川太一郎(2008年逝去)。「広川節」と呼ばれるアドリブ、ダジャレを駆使した軽妙なナレーションで、70年代から80年代にかけて大活躍した。第1作公開の1969年はまだ声優としてブレイクする以前で、俳優としても活動をしていた。ちなみに、第1作で発したセリフは「いやぁ、そんなことは……」のみ。もちろん広川節ではない。

渥美清は少年時代、本物のテキ屋から口上を学んだ

第1作で渥美清はキレのある啖呵売を随所で披露しているが、これらはすべて渥美清のオリジナルである。戦後まもない浅草には寅さんのようなテキ屋がたくさんおり、少年時代の渥美清はテキ屋たちに憧れ、彼らの口上を完コピしようと大学ノートに書き留めて研究していたという。第1作の寅さんの啖呵売は、渥美清が浅草で見たオリジナルの啖呵売に極めて近いものだったのだろう。

産まれたばかりの満男役を演じたのは、ご近所の赤ちゃん

映画の終盤、さくらと博の間には赤ちゃんが生まれるが、この赤ちゃんは撮影当時、近所に住んでいた一般の赤ちゃんである。山田洋次監督が生まれたばかりの赤ちゃんを探していたところ、近くに住んでいた石川雅一さんが目に留まり、出演に至ったのだという。石川さんは現在、東京都葛飾区で和菓子店「川忠(かわちゅう)本店」を営んでいる(参考:東京新聞Webサイト)。

ちなみに、この時はまだ「満男」という名前が決まっていなかったようで、作品内では赤ちゃんの名前が一度も呼ばれていない。

さくらにビンタする寅さん

寅さんは家族としょっちゅう喧嘩をしているが、物理的な暴力を振るう事はそれほど多くない(例外として、タコ社長には何度も物理的攻撃を繰り返している)。しかし、第1作の寅さんは血気盛んで、妹・さくらに対して珍しく手を上げている。作品の28分20秒頃、寅さんはキレの良いビンタをさくらの右の頬に放つ。

読めない名前「飈一郎」のギャグを3回繰り返す

志村喬が演じる博の父の名前は、諏訪飈一郎(すわ ひょういちろう)と読む(第1作の1時間1分42秒頃、「北海大学 農学部 名誉教授 諏訪飈一郎」と書かれた名刺が映る)。初見ではまず読めない難解な名前だが、結婚式シーンではこの名前をネタにした小さなギャグが3回も繰り返されている。まさか山田洋次監督は、このギャグのためにわざわざ飈一郎という難しい名前を付けたのだろうか……。細部への強いこだわりを感じる。

第1作「男はつらいよ」謎・疑問点

博の父親を結婚式に呼んだのは一体誰か?

第1作「男はつらいよ」にはケチの付け所がほとんどない。しかし、何回か繰り返し鑑賞しているうちに「はて?」と思う箇所が一点あった。それは、博の父親・諏訪飈一郎を結婚式に呼んだのは誰か?という点だ。

結婚式に諏訪飈一郎が登場した瞬間、寅さん、博、媒酌人のタコ社長夫妻、マドンナなど、主要な結婚式参加者は一様に「え、お父さん来てるの?」と驚きの反応を見せており、この中に諏訪飈一郎を招待したものはいないと思われる。

いろいろ推理すると、私は「さくらが呼んだ説」が一番有力ではないかと考える。さくらなら、博の実家の住所を知り得て飈一郎に手紙を出すことが可能だろうし、なにより、さくらのあの優しい性格なら、結婚式を機会に絶縁状態にある博とその父を復縁させようと考えるのはごく自然なことのように思える。きっとさくらは、博には内緒で飈一郎に手紙を書き、結婚式に飈一郎とその妻を招待したのだろう。

さくらと博の結婚式に、なぜおいちゃんは出席していないのか?

さくらと博の結婚式には、なぜかおいちゃん役の森川信が出演していない。その理由について、秋野太作は著書「私が愛した渥美清」の中でこう説明している。

 難を言うなら、最後の結婚式の場面だけが少し破綻していた。それはおいちゃんこと、森川信さんの単純なスケジュールの都合で、代わりに関敬六氏がわけのわからない〈どこかの人〉 役で突然出てくるからだった。

「私が愛した渥美清」秋野太作 127P

森川信が結婚式にいないのは、単純にスケジュールが合わなかったからのようだ。もし彼の出演が可能であったらならば、結婚式の司会進行役はおいちゃんが務めていたのかもしれない。

第1作「男はつらいよ」NGシーン

とらやのガラス戸にスタッフが映り込む 00:28:00~

第1作の28分30秒あたり、大喧嘩をするとらや一同の左側のガラス戸に、撮影スタッフらしき人影が写っている。赤いジャンパーを着て、サングラスを掛けているようだ。私は第1作を繰り返し何度も見ているが、この人影にはつい最近ようやく気が付くことができた。見れば見るほど、新しい発見がある寅さんシリーズである。

渥美清の「バァタァァァ~」で倍賞千恵子がマジ笑い 01:02:35~

第1作には、御前様(笠智衆)が写真撮影の際、「チーズ!」と間違えて「バッタァ~!」と言ってしまうギャグがある。寅さんはこのギャグをちゃっかり自分のものにして、結婚式の記念撮影シーンで披露している。

写真撮影の瞬間、寅さんが絶妙なタイミングで「バァタァァァ~」と言い放つと、一列目の中央にいるさくら(倍賞千恵子)とタコ社長(太宰久雄)は明らかに演技ではない素の笑いを見せている。特に倍賞千恵子は、爆笑を抑えるのに必死!といった様子のマジ笑いだ。渥美清の「バァタァァァ~」が想像をはるかに上回る面白さだったのだろう。

ちなみに、寅さんの「バァタァァァ~」は第9作「男はつらいよ柴又慕情」でも披露されている。

第1作「男はつらいよ」ロケ地

主要なロケ地:東京都・奈良県・京都府

  • 東京都 葛飾区 江戸川河川敷
    • 矢切の渡しに乗って、寅さん帰郷
  • 東京都 葛飾区 帝釈天参道
    • 寅さん、庚申の日の纏奉納に飛び入り参加
  • 東京都 千代田区 ホテルニューオータニ
    • さくらのお見合い会場
  • 東京都 墨田区 京成曳舟駅付近
    • さくらの出勤風景
  • 東京都 中央区 佃大橋付近
    • 寅さんと同業者の会合
  • 東京都 豊島区 巣鴨地蔵通り商店街
    • 上機嫌で歩く寅さん
  • 東京都 豊島区 とげぬき地蔵尊高岩寺
    • 寅さんと登が古本を売る
  • 奈良県 斑鳩町 法起寺
    • 御前様と冬子が散策
  • 奈良県 奈良市
    • 唐招提寺
      • 御前様が冬子を写真撮影
    • 東大寺二月堂
      • 寅さんが御前様、冬子に遭遇
    • 東大寺大仏殿
      • 寅さん、鹿のおもちゃを持っておどける
    • 奈良公園浮見堂
      • 御前様「バッタァ~」と発言
    • 奈良ホテル
      • 寅さん、御前様・冬子と別れる
  • 東京都 千代田区 丸の内
    • 寅さん、オリエンタル電機を訪問
  • 東京都 葛飾区
    • 京成電鉄・柴又駅
      • さくらと博、電車に飛び乗る
    • 川甚(2021年1月 コロナ禍の影響を受けて閉店)
      • さくらと博の結婚式
  • 東京都 品川区 大井オートレース場(1973年閉場)
    • 寅さんと冬子、オートレースに興じる
  • 東京都 大田区 蒲田駅周辺
    • 寅さんと冬子、飲み屋を探す
  • 京都府 宮津市 天橋立
    • ラストシーン。寅さんと登が商売
ロケ地の参考文献

第1作「男はつらいよ」劇中音楽

「男はつらいよ」/渥美清

第1作はさくらが結婚前のストーリーのため、楽曲のオリジナル歌詞「俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ わかっちゃいるんだ妹よ」が使われている。映画で流れるのは1コーラスのみ。

渥美清
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「人生の並木路」/ディック・ミネ

さくらと再会した寅さんが、とらやの庭で立ち小便をしながら歌う。さくらのお見合いから帰宅した際にもベロンベロン状態で歌った。

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ウィーンの森の物語(Tales from the Vienna Woods,Op.325)/ヨハン・シュトラウス2世

さくらのお見合い会場でBGMとして流れるクラシック曲。

「すいかの名産地」/童謡・唱歌

共栄印刷の職工たちが休憩時間にとらやの庭で歌った。その後、さくらと博の結婚式余興でもこの曲を歌った。

「喧嘩辰」/北島三郎

マドンナ冬子に手を握られた寅さんは、歓喜のあまりこの曲を歌いながら帝釈天参道を舞い踊った。

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参考文献

「男はつらいよ」全作品解説リンク

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