寅さん全48作品解説/第7作『男はつらいよ奮闘篇』
優しく温かい、シリーズの隠れた名作
見返りを期待しない無償の優しさが、喜劇のオブラートに包まれてほっこりと展開される第7作。知的障害を持つマドンナという設定に妙があり、寅さんの憐憫の情がやがて恋心に転化していく展開はお見事。「キャストも地味で目立たないが好きな作品」と山田監督自身も評価する、シリーズの隠れた名作。
マドンナ/榊原るみ
役名:太田花子(紡績工場勤務)
映画出演2作目ながらマドンナに抜擢された榊原るみ。当時20歳。軽度の知的障害という難しい役どころをしっかりとこなしている。
第7作「男はつらいよ奮闘篇」評論
優しいまなざしに溢れたシリーズの隠れた名作
第7作『男はつらいよ奮闘篇』は、マドンナ(榊原るみ)に軽度の知的障害があるという、他の作品とは一風変わった設定である。
男はつらいよ人気作品ランキングにはあまり登場しない本作だが、作家の井上ひさしは山田洋次との1974年の対談で、この『奮闘篇』を一番感動した作品と言っている。それを受けて山田洋次も「あれはキャストも地味でめだたない作品でしたけど。そうですか。ぼくも好きなんですよ、あれは」と述べている(『映画をたずねて 井上ひさし対談集』132pより)。
映画は集団就職で上京する若者たちを、両親が心配そうに見送る風景からはじまる。エキストラはすべて本当の親子たちだったそうだが、そのリアルな風景の中に寅次郎がびっくりするほどハマる。「がんばれよお!」とエールを贈り、微笑ましく映画は幕を開ける。
知的障害を持つマドンナ花子は、郷里の青森に帰りたいが迷子になっている。その不憫な姿を見るに見かねた寅さんは、おまわりさんと協力をして彼女を故郷に送り届けようとする。駅のホームを心細く歩く花子を、もどかしく見つめる寅さんの気持ちが胸を打つ。
やがて花子はとらやに保護され、青森から担任教師が彼女を迎えにくる。教え子を想う純朴な人柄を田中邦衛が好演し、二人の再会もこれまたしっとりと泣かせる。
見返りを期待しない無償の優しさが、喜劇のオブラートに包まれて展開される本作は実に優しく、温かい。知的障害を持つマドンナへの優しいまなざしに満ちあふれており、心をほっこりと温めてくれる作品となっている。
さて、マドンナ花子の保護者的な立場を取っていた寅さんは、やがて花子の純粋無垢な振る舞いにほだされ、憐憫の情がしだいに恋心へと転化していく。知的障害者とフーテンの蕩児の縁組は、とらや一同にとって実に頭の痛い組み合わせであるが、肝心の寅さんはまるで幼子が幼子に恋焦がれるかのように花子との結婚を夢見ている。
これが本当の幼子であれば微笑ましい限りだが、寅さんは四十に手の掛かったいい大人である。寅さんの行き過ぎた純真さに、イタさと不憫さが同時に胸に去来する脚本展開はお見事。そんな困った兄貴を遠く青森まで追いかけ、最終的には茶目っ気たっぷりの笑顔で許さざるを得なくなってしまったさくらの笑顔も実に印象深い。
派手さにはかけるが、暖かい陽だまりのように心を温めてくれる作品であり、男はつらいよシリーズにおける隠れた名作といえるだろう。
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第7作「男はつらいよ奮闘篇」作品データ
公開 | 1971年(昭和46年)4月28日 |
併映 | 花も実もある為五郎(ハナ肇) |
観客動員 | 92万6,000人 |
マドンナ | 榊原るみ |
ゲスト | ミヤコ蝶々/柳家小さん/田中邦衛 |
洋題 | Tora-san, the Good Samaritan |
2020/05/26