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寅さん全作品解説/第29作『男はつらいよ寅次郎あじさいの恋』(1982年8月公開)

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本作をひとことで言うと

寅さんのセクシャルかつスリリングな一夜

マドンナいしだあゆみという素材を得て、恋愛に臆病な寅さんの弱味にグッと踏み込んだ意欲作。寅さんシリーズ唯一といえる男女の性愛を感じさせるシーンでは、山田洋次のスリリングな演出が冴え渡る。脇を固める片岡仁左衛門の演技が光り、陶芸品をぞんざいに扱う寅さんのコミカルさも楽しめる中期の秀作。

マドンナ

いしだ あゆみ(当時 34歳)

役名:かがり
職業:陶芸家のお手伝い

暗く神経質そうな表情と、色っぽさを含んだ柔和な微笑みが、作品の中でコロコロと入れ替わる不思議な魅力を持ったマドンナ。情感たっぷりに寅さんに迫るマドンナはシリーズでただこの人だけといっていい。いしだあゆみだからこそ生まれた異色のマドンナだ。

第29作「男はつらいよ寅次郎あじさいの恋」解説・評論

マドンナいしだあゆみがもたらした、寅さんシリーズの新展開

第29作『寅次郎あじさいの恋』には、直接的描写ではないが、男女の性愛をはっきりと想像させるシーンが登場する。セックス描写が一切ない男はつらいよシリーズにおいて、これは事件といっていい。その事件に巻き込まれるのは、もちろん我らが寅さんである。

最終連絡船に乗り遅れ、マドンナかがり(いしだあゆみ)と一夜を共にすることになった寅さん。かがりの官能的な佇まいに居たたまれなくなった寅さんは、逃げるように寝床に向かうが、やがてそこにかがりがやってきて……。

このシーン、まるでサスペンスかホラー映画かと見紛う演出がなされており、寅さんの尋常ではない緊張を伝えている。山田洋次はこのようなピンと張り詰めた緊張感の演出が実にうまい監督で、第20作『寅次郎頑張れ!』の爆破シーン、『幸福の黄色いハンカチ』クライマックス直前のシーンなどを見ても、この手の演出が好きで好きでたまらないといった風情を感じる。

エロとは無縁の寅さんシリーズがこのような表現に踏み込んだ背景には、間違いなく本作のマドンナいしだあゆみの存在がある。彼女は本作と同時期にTVドラマ『北の国から』、映画『駅 STATION』に出演しているが、いずれも内に秘めた激しい情念が、抑えきれず外に溢れ出るような役柄を与えられている。

彼女には、作家をしてそのような女を演じさせたいと思わせる何かがあるのだろう。俳優に合わせて当て書きをすることが多い山田洋次も、やはり彼女の性質を生かそうと考えた結果か、強い情念を秘めたマドンナかがりと、セクシャルかつスリリングな一夜の描写が誕生することとなった。

本作の寅さんは、甥の満男に「おじさん電車の中で涙こぼしてたの」と言われてしまうほど、恋に臆病な姿を徹底的にさらけ出される。これまで核心に迫ることのなかった寅さんの弱みに踏み込んだ初の作品であり、前作がシリーズの停滞を感じさせる過渡期的作品だったとすれば、本作は新手によってシリーズにもう一度活気を取り戻そうとする意欲作と言えるだろう。

脇を固めるゲストスターには13代目片岡仁左衛門。老成の陶芸家を演じる姿には重みがあり、作品を引き締めている。寅さんが国宝級の陶芸品をぞんざいに扱うシーンなど、ささやかな笑いも詰まっており、シリーズ中期の秀作といえる作品だ。

渥美清 (出演), 倍賞千恵子 (出演), 山田洋次 (監督)
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第29作「男はつらいよ寅次郎あじさいの恋」 作品データ

公開1982年(昭和57年)8月7日
上映時間110分
主な出演者[車寅次郎]渥美清
[諏訪さくら]倍賞千恵子
[かがり]いしだあゆみ
[加納作次郎]片岡仁左衛門
[近藤]柄本明
[かがりの母]杉山とく子
[車竜造]下條正巳
[車つね]三崎千恵子
[諏訪博]前田吟
[桂梅太郎]太宰久雄
[源公]佐藤蛾次郎
[満男]吉岡秀隆
[御前様]笠智衆
同時上映えきすとら(武田鉄矢)
観客動員数139万3,000人
※『男はつらいよ』寅さん読本/寅さん倶楽部[編]より
洋題Hearts and Flowers for Tora-san

「男はつらいよ」全作品解説リンク

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