私たちの知らない”裏社会の寅さん”
タイトル通り、どこか霧に覆われたような暗さを持つ作品。数十年ぶりに寅さんの弟分・登も登場するがそこに明るさはなく、むしろ寅さんの後悔そして懺悔に焦点が当てられる。マドンナをめぐって対峙するトニーとの語らいは、裏社会に生きる寅さんの素顔が垣間見えるシリーズ唯一のシーン。通好みの作品。
中原 理恵(当時 26歳)
役名:木暮風子
職業:美容師
中原理恵は1978年『東京ららばい』で歌手デビュー。TV番組『欽ドン!良い子悪い子普通の子』でお茶の間の人気者となり、その後は女優・歌手として活躍。マドンナ風子は、寅さんにとって恋愛対象というより、危なっかしい生き方を支えてあげたい庇護の対象だったかもしれない。
第33作「男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎」解説・評論
裏社会に生きる寅さんの素顔が垣間見える、通好みの作品
第33作『夜霧にむせぶ寅次郎』は、寅さんの後悔そして懺悔をテーマにした作品だと個人的には思う。本作をより深く味わうにはシリーズの過去作品に触れておく必要があるため、シリーズ入門者にはややお薦めしづらい、通好みの作品と言えるかもしれない。
物語はシリーズファンにはおなじみのあの人の登場から始まる。初期作品の準レギュラーで、寅さんの弟分である登(秋野大作)である。
登との再会そして意気投合は過去何度も繰り返されたおなじみのパターンで、シリーズファンならば懐かしさに胸が踊る。しかし、登がいまや堅気になったと見るや、寅さんは過去の友情とは冷徹に一線を引く。二人の昔を知っていればなおさら際立つ寅さんのダンディズムが格好いい。
その後、寅さんはフーテンを名乗るマドンナ風子(中原理恵)と出会う。風子は寅さんと一緒に旅をしたいとせがむが、寅さんは定職につき真面目に暮らせと彼女を諭す。このシーン、熱心なファンなら寅さんが妹さくらに説教される第5作のシーンを想起することだろう。若くて、ギラギラして、やぶれかぶれだった昔の寅さんを知っていればこそ、悔恨とともに我が人生を振り返る寅さんにしみじみとしてしまう。
「まだやってんのかいこんなこと」。寅さんと再会した登はこう言った。確かにその商売や外見は十年前とほとんど変わらない。しかし彼の内面は、登と陽気につるんでいた初期作品の頃から大きく変化している。 さくらの説教を反芻できるほどに覚えていながら、 ヤクザな自分を変えようとする涙ぐましい奮闘努力は回を重ねるごとに薄れていった。相変わらずのテキ屋稼業に身をやつす暗い表情の寅さんには、変われない自分への諦念すら垣間見える。
しかし、その諦念によって寅さんが自暴自棄に陥ってしまうわけではない。かつての弟分・登や、マドンナ風子に対する行為は、これまで自分が堅気の人間に散々かけてきた迷惑に対する彼なりの罪滅ぼしなのだろう。本作のテーマを「無頼を気取ってきたフーテン男の悔恨そして懺悔」として捉えれば、作品をより深く理解できることだろう。
本作最大の見どころは、同業者であるトニー(渡瀬恒彦)との対峙シーン。風子から手を引けと穏やかに凄む寅さんは、私たちがこれまで一度も見たことのない裏社会に生きる寅さんの顔をしている。鮮やかな青空の下、波打ち際で静かに語り合う二人の姿は詩的ですらある。
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第33作「男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎」 作品データ
公開 | 1984年(昭和59年)8月4日 |
上映時間 | 102分 |
主な出演者 | [車寅次郎]渥美清 [諏訪さくら]倍賞千恵子 [木暮風子]中原理恵 [トニー]渡瀬恒彦 [福田栄作]佐藤B作 [あけみ]美保純 [川又登]秋野太作 [金吾(風子の結婚式会場で諏訪家を出迎えた男性)]加藤武 [車竜造]下條正巳 [車つね]三崎千恵子 [諏訪博]前田吟 [桂梅太郎]太宰久雄 [源公]佐藤蛾次郎 [満男]吉岡秀隆 [御前様]笠智衆 |
同時上映 | ときめき海岸物語(富田靖子) |
観客動員数 | 137万9,000人 ※『男はつらいよ』寅さん読本/寅さん倶楽部[編]より |
洋題 | Marriage Counselor Tora-san |
「男はつらいよ」全作品解説リンク
- 第1作『男はつらいよ』
- 第2作『続・男はつらいよ』
- 第3作『男はつらいよフーテンの寅』
- 第4作『新・男はつらいよ』
- 第5作『男はつらいよ望郷篇』
- 第6作『男はつらいよ純情篇』
- 第7作『男はつらいよ奮闘篇』
- 第8作『男はつらいよ寅次郎恋歌』
- 第9作『男はつらいよ柴又慕情』
- 第10作『男はつらいよ寅次郎夢枕』
- 第11作『男はつらいよ寅次郎忘れな草』
- 第12作『男はつらいよ私の寅さん』
- 第13作『男はつらいよ寅次郎恋やつれ』
- 第14作『男はつらいよ寅次郎子守唄』
- 第15作『男はつらいよ寅次郎相合い傘』
- 第16作『男はつらいよ葛飾立志篇』
- 第17作『男はつらいよ寅次郎夕焼け小焼け』
- 第18作『男はつらいよ寅次郎純情詩集』
- 第19作『男はつらいよ寅次郎と殿様』
- 第20作『男はつらいよ寅次郎頑張れ!』
- 第21作『男はつらいよ寅次郎わが道をゆく』
- 第22作『男はつらいよ噂の寅次郎』
- 第23作『男はつらいよ翔んでる寅次郎』
- 第24作『男はつらいよ寅次郎春の夢』
- 第25作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花』
- 第26作『男はつらいよ寅次郎かもめ歌』
- 第27作『男はつらいよ浪花の恋の寅次郎』
- 第28作『男はつらいよ寅次郎紙風船』
- 第29作『男はつらいよ寅次郎あじさいの恋』
- 第30作『男はつらいよ花も嵐も寅次郎』
- 第31作『男はつらいよ旅と女と寅次郎』
- 第32作『男はつらいよ口笛を吹く寅次郎』
- 第33作『男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎』
- 第34作『男はつらいよ寅次郎真実一路』
- 第35作『男はつらいよ寅次郎恋愛塾』
- 第36作『男はつらいよ柴又より愛をこめて』
- 第37作『男はつらいよ幸福の青い鳥』
- 第38作『男はつらいよ知床慕情』
- 第39作『男はつらいよ寅次郎物語』
- 第40作『男はつらいよ寅次郎サラダ記念日』
- 第41作『男はつらいよ寅次郎心の旅路』
- 第42作『男はつらいよぼくの伯父さん』
- 第43作『男はつらいよ寅次郎の休日』
- 第44作『男はつらいよ寅次郎の告白』
- 第45作『男はつらいよ寅次郎の青春』
- 第46作『男はつらいよ寅次郎の縁談』
- 第47作『男はつらいよ拝啓車寅次郎様』
- 第48作『男はつらいよ寅次郎紅の花』
- 第49作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花【特別篇】』
- 第50作『男はつらいよお帰り寅さん』
- 番外編 テレビドラマ版『男はつらいよ』
- 番外編1『虹をつかむ男』
- 番外篇2『キネマの天地』
- 番外編3『男は愛嬌』
- 番外編4『山田洋次×渥美清 TBS日曜劇場傑作選 4作品DVDボックス』