寅さん、ヨーロッパにゆく
ウィーン市長の熱烈誘致で実現した海外ロケ作品。観光名所をたっぷりと見せる一方で、現地ではあまりドラマが起きず退屈な展開に。“寅さんとヨーロッパ”という異質な組み合わせの面白さもあるが全体としては低調。ロケ地・ウィーンという前提条件をクリアするための苦労がそこかしこに感じられる労作である。
マドンナ/竹下景子
第41作「男はつらいよ寅次郎心の旅路」評論
ロケ地・ウィーンという“場所ありき”の苦労が感じられる作品
第41作『寅次郎心の旅路』は、寅さんがオーストリアの首都ウィーンを訪れるという意外性のある設定。
当時のウィーン市長は飛行機の機内映画で寅さんを見て以来の大ファンで、熱烈なロケ誘致の末に撮影が実現したらしい(昔はJAL機内で寅さんが流れるのは定番だったのだ)。
寅さんが海外に行くというアイデア自体は悪くないのだが、ウィーンという場所ありきで製作した作品であるためか、出来栄えは正直なところイマイチである。
まず、ウィーンは我々日本人にとって一般的には馴染みの薄い国である。現地に赴く理由が観光以外には考えにくく、ドラマが作りづらい。本作もウィーンに行くまではよいのだが、いざ現地に着いてしまうとこれといった出来事が起こらない。その結果ウィーンの名所をのんびりと巡るだけの、よく言えば優雅、悪く言えば退屈な物語が展開していく。
さらに、ウィーンでイキイキするのは同行したサラリーマン坂口(柄本明)で、寅さんは宿泊先のホテルと現地で知り合った日本人マダム(淡路恵子)の家を行き来するばかり。これには渥美清の体調上の理由があったかもしれないが、異国の地で活躍する寅さんの描写が少ないことも退屈さに拍車をかけている。
後半になるとようやくマドンナ久美子(竹下景子)の人生相談へとシフトしていくが、時間が足りないこともあり彼女の人物像を描き切れていない。結果的に彼女が直情的で無計画な人間にしか見えず、憐憫の情がわいてこないのも残念だ。
わずかだがいいシーンはある。寅さんが現地のご婦人にせんべいをあげて言葉は通じずともなんとなくわかりあえてしまう場面や、キリスト教の神父さんを「御前様」といってうやうやしく拝む場面など。“寅さんとヨーロッパ”という異質の組み合わせをもう少し盛り込むことができれば面白い作品になったのかもしれない。
物語のオチは、同行したサラリーマン坂口が撮影した旅行中の写真を見て、くるまや一同が寅さんの失恋を知るというもの。寅さんの失恋場面を坂口が克明にシャッターを切り続けていたというのがどうも腑に落ちないが(寅さんが可哀そうである)、ウィーンでの撮影という難しい前提条件をクリアするためには精一杯の落とし所だったのだろう。
なお、お気づきの方も多いと思うが本作は関敬六が観光客として声だけの出演をしている。「お姉さん、紅茶!」。姿は見えずともあのダミ声だけでポンシュウの存在を強烈に感じさせるのだから、さすがである。

第41作「男はつらいよ寅次郎心の旅路」 作品データ
第41作「男はつらいよ寅次郎心の旅路」 予告編
第41作「男はつらいよ寅次郎心の旅路」あらすじ準備中
第41作「男はつらいよ寅次郎心の旅路」 作品データ
公開 | 1989年(平成1年)8月5日 |
同時上映 | 夢見通りの人々(小倉久寛) |
観客動員数 | 185万2,000人 ※『男はつらいよ』寅さん読本/寅さん倶楽部[編]より |
洋題 | Tora-san Goes to Vienna |