寅さん、パトロンになる
恋に浮かれる寅さんの喜怒哀楽と、笑える小ネタが全編に散りばめられ、ポップで楽しい印象の作品。回を重ねるごとに濃度を増してきた人情味はいよいよシリーズの主調になり、初期作品とは明らかに質感の違う映画に。人情味と奔放な寅さんのバランスが良く、笑って泣ける堂々たる人情喜劇作品である。
岸 恵子(当時 41歳)
役名:柳りつ子
職業:画家
フランス人の映画監督と結婚後、パリに居を構えていた岸恵子らしく、芸術家という役どころで登場。寅さんのことを「熊さん」と計6回も言い間違えるなど、相当な天然ぶりを発揮するマドンナであるが、トレンチコートの見事な着こなしなどはさすがにパリジェンヌ。
第12作「男はつらいよ私の寅さん」評論
シリーズ観客動員歴代1位!人情味と奔放な寅さんのバランスがちょうど良い、笑って泣ける人情喜劇
第12作『私の寅さん』は、全体的にポップで楽しい印象の作品であると同時に、男はつらいよが初期作品とは明らかに違う質感の映画になったことを印象づける作品でもある。
映画前半は、とらや一同の家族旅行を、寅さんがひとりで”おるすばん”するエピソードからスタートする。どう考えたって100%騒動がおこりそうな設定の妙と、猿と寅さんの対比、電話口でのやり取りを効果的に見せる画面二分割などの演出により、このパートには弾むような楽しさがある。
しっかりとオチがつき、楽しい導入部が終わると、物語はマドンナりつ子(岸恵子)との恋愛を描く後半パートに突入する。本作は前半と後半が全く別の映画であり、このような作品はシリーズ48作中本作のみ。珍しい。
マドンナの登場は、いきなり寅さんとの大ゲンカからスタートする。このケンカで寅さんは怒り狂うが、その後花束を持って謝りにきたりつ子を見た瞬間、態度はころっと豹変。お約束どおり、やっぱり惚れてしまう。このシーン、マドンナが「寅さん」を「熊さん」と言い間違えるギャグが挿まれているが、このようにわかりやすい小ネタがあちこちに散りばめられているのが本作の特徴。ポップで楽しい作品の印象は、このようなギャグの多さによっても形づくられている。
ここ数作、どちらかというと受け身の恋であった寅さんは、本作では恋愛マシーンとしてエンジン全開。マドンナのふとした言動に、喜怒哀楽を目一杯に表現する。恋に浮かれる寅さんのおかしさは、シリーズ最初期に立ち返ったような印象を与えるが、マドンナの苦悩が作品の中心に据えられているため、寅さんはただ恋に浮かれているわけにはいかない。
マドンナりつ子の後見をさくらにお願いしながら旅に出るくだりには、渥美清の抑えた演技がぐっと効いている。寅さんの恋愛には、もはや恋心よりも慈悲の心の方が勝ってしまうのである。
人情とペーソスの味付けは、回を重ねるごとに少しづつ濃度を増し、本作ではいよいよ誰もがはっきりと知覚できるメインの味付けへと変化している。人情とペーソスが映画の主調になることで、男はつらいよは初期作品とは明らかに違う質感の映画となったのだ。
本作は、この人情味と奔放な寅さんの楽しさが程よいバランスで保たれており、映画としての成熟を感じさせる。シリーズ最多観客動員241万人も納得の、大いに笑ってホロリと泣かせる、堂々たる人情喜劇作品だ。
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第12作「男はつらいよ私の寅さん」作品データ
公開 | 1973年(昭和48年)12月26日 |
上映時間 | 107分 |
主な出演者 | 【車寅次郎】渥美清 【諏訪さくら】倍賞千恵子 【柳りつ子】岸恵子 【柳文彦】前田武彦 【一条】津川雅彦 【諏訪博】前田吟 【車竜造】松村達雄 【車つね】三崎千恵子 【源公】佐藤蛾次郎 【桂梅太郎】太宰久雄 【満男】中村はやと 【御前様】笠智衆 |
同時上映 | 大事件だよ全員集合!!(ザ・ドリフターズ) |
観客動員数 | 241万9,000人 ※『男はつらいよ』寅さん読本/寅さん倶楽部[編]より |
洋題 | Tora-san Loves an Artist |
「男はつらいよ」全作品解説リンク
- 第1作『男はつらいよ』
- 第2作『続・男はつらいよ』
- 第3作『男はつらいよフーテンの寅』
- 第4作『新・男はつらいよ』
- 第5作『男はつらいよ望郷篇』
- 第6作『男はつらいよ純情篇』
- 第7作『男はつらいよ奮闘篇』
- 第8作『男はつらいよ寅次郎恋歌』
- 第9作『男はつらいよ柴又慕情』
- 第10作『男はつらいよ寅次郎夢枕』
- 第11作『男はつらいよ寅次郎忘れな草』
- 第12作『男はつらいよ私の寅さん』
- 第13作『男はつらいよ寅次郎恋やつれ』
- 第14作『男はつらいよ寅次郎子守唄』
- 第15作『男はつらいよ寅次郎相合い傘』
- 第16作『男はつらいよ葛飾立志篇』
- 第17作『男はつらいよ寅次郎夕焼け小焼け』
- 第18作『男はつらいよ寅次郎純情詩集』
- 第19作『男はつらいよ寅次郎と殿様』
- 第20作『男はつらいよ寅次郎頑張れ!』
- 第21作『男はつらいよ寅次郎わが道をゆく』
- 第22作『男はつらいよ噂の寅次郎』
- 第23作『男はつらいよ翔んでる寅次郎』
- 第24作『男はつらいよ寅次郎春の夢』
- 第25作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花』
- 第26作『男はつらいよ寅次郎かもめ歌』
- 第27作『男はつらいよ浪花の恋の寅次郎』
- 第28作『男はつらいよ寅次郎紙風船』
- 第29作『男はつらいよ寅次郎あじさいの恋』
- 第30作『男はつらいよ花も嵐も寅次郎』
- 第31作『男はつらいよ旅と女と寅次郎』
- 第32作『男はつらいよ口笛を吹く寅次郎』
- 第33作『男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎』
- 第34作『男はつらいよ寅次郎真実一路』
- 第35作『男はつらいよ寅次郎恋愛塾』
- 第36作『男はつらいよ柴又より愛をこめて』
- 第37作『男はつらいよ幸福の青い鳥』
- 第38作『男はつらいよ知床慕情』
- 第39作『男はつらいよ寅次郎物語』
- 第40作『男はつらいよ寅次郎サラダ記念日』
- 第41作『男はつらいよ寅次郎心の旅路』
- 第42作『男はつらいよぼくの伯父さん』
- 第43作『男はつらいよ寅次郎の休日』
- 第44作『男はつらいよ寅次郎の告白』
- 第45作『男はつらいよ寅次郎の青春』
- 第46作『男はつらいよ寅次郎の縁談』
- 第47作『男はつらいよ拝啓車寅次郎様』
- 第48作『男はつらいよ寅次郎紅の花』
- 第49作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花【特別篇】』
- 第50作『男はつらいよお帰り寅さん』
- 番外編 テレビドラマ版『男はつらいよ』
- 番外編1『虹をつかむ男』
- 番外篇2『キネマの天地』
- 番外編3『男は愛嬌』
- 番外編4『山田洋次×渥美清 TBS日曜劇場傑作選 4作品DVDボックス』