山田洋次監督が語る、三代目おいちゃんに下條正巳が決定した経緯

ファンにはもうおなじみだが、映画『男はつらいよ』では、おいちゃん役の俳優がシリーズ途中で3人入れ替わっている。

初代・森川信は病死により降板、二代目・松村達雄は病気により降板、その後を継いだ三代目・下條正巳はシリーズ最終作までおいちゃん役を務めている。

新おいちゃんが決定するプロセスについては、数多ある寅さん関連書籍にもあまり言及がなく、私も詳細はよく知らないという状態であったが、三代目おいちゃん決定の経緯について山田洋次監督本人がテレビ番組のインタビューに応えていた。

その番組とは、2014年6月11日放送のBS朝日『珠玉の感動ストーリー ありがとう』。下條正巳・下條アトムの父子関係に迫る放送回(放送回詳細)の中で、山田監督が三代目おいちゃん・下條正巳誕生の経緯についてこのように述べていた。
以下、番組より引用。

山田監督「(下條正巳は)じっとしていらっしゃるだけで、そこにすでに存在感があるっていうのかな。演じなくてもいいっていうのかな。居ればいいという。それは究極の映画俳優の形ですよね」

山田監督「僕の印象は、非常になんていうのかな、厳しい表情をしてらっしゃる、いつもね。どこか古武士を思わせるような、キリッとした人。

僕は小田急の祖師ヶ谷大蔵っていうとこにいて、下條さんもご近所だったんですよね。(当時)僕は直接には存じ上げないけれども、よく駅で一緒になった。駅で、あれは下條正巳さんだなと思って、いつも彼の横顔を見てたんですよ。背筋がシュッ、キチッとしててね。厳しい表情ですからいつもね。

あの下條さんに僕の映画に出てもらいたいなという想いがかなり前からあったのは事実ね」

山田監督「寅さんのおいちゃんてのは、寅さんのオリジナルメンバーでは3回も変わってるわけだけども。最初に森川さんが亡くなって、松村さんにお願いして松村さんが病気になっちゃって。でもどうしても続けなきゃいけない、封切りも迫っている、みたいなことで、やっぱり代役を立てようっていう時に僕が思いついたのは下條さんだったわけね。

いつか下條さんに僕の映画に出てもらいたいという想いを、そこで果たしたかったのね」

この出演依頼を受けた当時、下條正巳は59歳。「こんな大きな仕事を引き受けていいものだろうか」と逡巡したそうだが、「こんな素敵な話はそうそうない」「山田洋次監督の指名を断る理由もない」と、息子の下條アトムは迷う父の背中を後押ししたそうである。

かくして、下條正巳は1974年の第14作『寅次郎子守唄』からおいちゃんデビュー。下條おいちゃんの印象について、山田監督はこう述べている。

山田監督「あのおいちゃんの役を、つまり、下町の団子屋さんだからちょっとおっちょこちょいで、軽薄なとこがあって、寅さんの伯父さんですからね、どっか共通するような部分もあったりなんかする。それで寅さんとはしょっちゅう喧嘩になる。

そういうキャラクターと、下條さんご自身のキャラクターをどう重ねていくか、そのおいちゃんのキャラクターを自分に惹きつける、あるいは自分自身をおいちゃんに持っていく、ずいぶんご苦労がおありになったと思うなあ。

でも、やはり独特のおいちゃん像をつくってくださったと僕は思っていますよ」

山田監督が言及している通り、三代目おいちゃんには、初代や二代目にあった「いい加減さ」「軽薄さ」「スケベさ」が鳴りを潜め、代わりに、いい加減な寅次郎の行く末を本気で案じる伯父としての「責任感」が色濃く出ていた。下條正巳の真面目な人柄が、独特のおいちゃん像に反映されていたのだろう。

さて最後に、下條おいちゃんの名場面として、第15作『寅次郎相合い傘』のメロン騒動の動画を皆様にご覧頂きたい。

映像3分18秒あたりから、寅の横暴に耐えかねたおいちゃんがいよいよキレる。この前のめり感溢れるマジギレは、初代、二代目にはなかったものである。


「頭っからガリガリガリガリ、丸ごとかじれ!」

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      2016/06/01

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