吉永小百合は『男はつらいよ』シリーズに通算2回出演。歌子という役柄で、父親との関係性に悩む可憐な女性を演じた。歴代マドンナの中でも、浅丘ルリ子演じるリリーと並んでもっとも人気のあるマドンナといえるだろう。
山田洋次監督はこの吉永小百合=歌子の第3弾目のストーリーも考えていたというが、撮影のスケジュールがあわず見送られたという経緯がある。吉永小百合、幻のマドンナ第3弾については、下記2つの書籍にわずかではあるが記述がある。
続編の話があった。伊豆大島にある施設で働いている歌子を寅さんが訪ねるというストーリーだったが、撮影のスケジュールが合わなかった。
「それに、同じ役を何度もやると、私自身がマンネリになるんじゃないかと」
96年、渥美清没。シリーズは26年で幕を閉じ、3度目のマドンナ出演は幻となった。
「もう一度、出演するべきでした。最後ということが分かっていたらどんな形でも出たかった。後悔しています」
『朝日新聞版 寅さんの伝言』小泉信一/講談社
『歌子さんが手話の通訳となり働いている。偶然再会した寅さんは歌子さんから手話を習い、物語の最後に、手話で歌子さんに自分の気持を伝える。それが通じたかどうかは分からないというストーリー』
キネマ旬報2008年9月下旬号「男はつらいよ」40週年記念大特集号
寅さんと歌子の関係を知る寅さんファンであれば、このわずかな構想だけでイメージがたくましく膨らむことだろう。
私はこの構想に触れ、こんなラストシーンを妄想した。
暮れなずむ柴又駅のホーム、歌子への思いを託した手話が伝わったのか伝わらなかったのか、わからないまま電車のドアが閉まる。プシュー。歌子を乗せた電車は走り去り、そして寅さんは歌子の幸せを祈りながら一人寂しく旅に出る……
渥美清亡き今、到底かなわない夢物語だが、このような「幻の歌子第3弾」の妄想は寅さんファンだけに許されるささやかな楽しみなのである。
さて、妄想話はこのへんで御開きとして、吉永小百合主演の『男はつらいよ』2作品を紹介して締めくくろう。
吉永小百合の『男はつらいよ』出演作品
第9作『男はつらいよ 柴又慕情』
小説家である父親とふたり暮らしの歌子。父親に結婚を反対され悩んでいたが、寅さんの支えもあって結婚を決意。寅さんと歌子、二人で夜空を見上げるクライマックスシーンが美しい作品である。
第13作 『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』
結婚した歌子さんのその後のストーリー。寅さんは旅先で偶然に歌子と再会するが、幸せな結婚をしたはずの歌子は深い悩みを抱えていた。柴又にやってくる歌子を迎える寅さんの取り乱しっぷりが楽しい本作。まるで美人画のような吉永小百合の美しい浴衣姿にも注目。