朝日新聞編集委員の小泉信一氏が、朝日新聞誌上で2年間計90本にわたって連載した人気企画を一冊にまとめたもの。
本書が素晴らしいのは、書籍全編が『男はつらいよ』出演者・関係者のインタビューを元に構成されている点だ。インタビューテープは述べ90時間にも及んだというが、新聞のワンコーナーという特性上、紙幅には1000字程度の余裕しかない。そのため、インタビュイーたちのもっとも印象深い一言のみが抽出されており、彼らの記憶のワンショットが色鮮やかに浮かび上がってくる。
渥美清の親友・谷幹一によると、渥美清はとても用心深い人物で、知り合う人のタイプを見極め、表面だけを見せる「A面」から、本音を語りあえる「Z面」まで、どの渥美清で接するかを瞬時に決めていたそうだ。
インタビュイーたちの記憶に残る渥美清は「A面」か「B面」か、あるいは「Z面」の渥美清だったかもしれないが、本書を読み進めるうちにそれらがひとつひとつ重なり、重層的に渥美清という人物が浮かびあがってくる。
登場する関係者たちは錚々たるメンツ。これまで『男はつらいよ』に関するインタビューを一切受けてこなかったマドンナ女優も登場しているらしく、下記一覧に興奮してしまう寅さんファンも多いことだろう。
『朝日新聞版 寅さんの伝言』に登場する「マドンナ女優」一覧
- 浅丘ルリ子
- 吉永小百合
- 松坂慶子
- 竹下景子
- いしだあゆみ
- 八千草薫
- 桃井かおり
- 光本幸子
- 音無美紀子
- 木の実ナナ
- 真野響子
- 佐藤オリエ
- 香川京子
- 栗原小巻
- 榊原るみ
- 樫山文江
- 檀ふみ
- 夏木マリ
- 岸惠子
- 秋吉久美子
- 風吹ジュン
- 長山藍子
『朝日新聞版 寅さんの伝言』に登場する「ゲストスター・脇役」一覧
- 樹木希林
- イッセー尾形
- 笹野高史
- 柄本明
- 財津一郎
- 長瀬正敏
- 中村雅俊
- 岸本加世子
- 淡路恵子
- 大村崑
- 小林幸子
- 黒柳徹子
- 永六輔
- 岡本茉利
- 村山富市(第48作にチラリと登場した、当時の日本の首相!)
もちろん、山田洋次監督、倍賞千恵子、前田吟、佐藤蛾次郎ら、『男はつらいよ』製作者、レギュラーメンバーも登場している。
関係者たちの述懐は、どれもこれも心に染み入るいい話のオンパレード。なかでも、歴代マドンナが語る”男性として渥美清”のエピソードは特に印象深いもの。以下引用。
第23作「翔んでる寅次郎」マドンナ・桃井かおり
仕事を離れても、桃井は渥美を頼りにしていた。マスコミに追いかけられていたとき隠れたのが、東京都内にあった渥美の仕事場だった。
朝日新聞版 寅さんの伝言』/小泉信一 (41p)
「この人のそばにいれば絶対に安全と。人の痛みや弱さに敏感で色気があり、とてもセクシーでした」
第43作「寅次郎の休日」マドンナ・夏木マリ
たぐいまれな天分を持った渥美清。努力と勉強の人でもあった。夏木は、そんな渥美に男の色気を感じた。
朝日新聞版 寅さんの伝言』/小泉信一 (51p)
「フランスの紳士みたいに渋いんですよ。ヨーロッパの香りのする、成熟した男優と言ったらいいのでしょうか。お付き合いするとしたら最高の男性だと思うんです」
第5作「望郷篇」マドンナ・長山藍子
身近で見た渥美は?
朝日新聞版 寅さんの伝言』/小泉信一 (75p)
「優しい目で人を深く見ていたようでした。ある種の空しさを心の奥にしまっていたのではないでしょうか。求道者みたいな雰囲気でした」(中略)「寅さんはみんなの心の中に生き続けているの。永遠の人なのね」
個人的にもっとも衝撃的だったのは、パンクロッカーのイギー・ポップも寅さん好きだったという永瀬正敏の証言。初対面でいきなり「ドゥー・ユー・ノウ・トラサン?」と聞かれたというのだから腰が抜ける。
このように、熱心な寅さんファンでも初めて聞く印象的なエピソードが多数収録されている本書。どのページからでも気楽に読み進められる一話完結型のコラムなので、移動中の暇つぶしなどのよい御伴となるだろう。