今回の「寅さんの聖地を巡るシリーズ」は、第10作「男はつらいよ寅次郎夢枕」のロケ地を巡礼する。
第10作の寅さんは、葛飾柴又を飛び出した後、山梨県北杜(ほくと)市に向かう。撮影が行われた1972年当時の北杜市は、昔ながらの風景が数多く残る田園地帯で、作り物ではない晩秋の風景が哀愁を誘う。「男はつらいよシリーズ」撮影監督・高羽哲夫の感性が光る名ショットの数々が記憶に残っているファンの方も多いだろう。
今回はそんな山梨県北杜市のロケ地を巡礼する。巡礼のガイドとして、おなじみのロケ地ガイドブック「男はつらいよ 寅さんロケ地ガイド」に加えて、寅さんロケ地巡りサイトの大先輩「ちびとらの寅さんロケ地の旅」を参考にさせていただいた。早速、聖地巡礼の旅に行ってみよう。
今回の寅さんロケ地データ
作品名 | 第10作「男はつらいよ寅次郎夢枕」 |
公開 | 1972年(昭和47年)年12月29日 |
住所 | 山梨県北杜市の各所(詳細住所は記事内をご確認ください) |
推奨移動手段 | 車 or タクシー |
到達難易度 | ★★★☆☆ |
所要時間 | 半日程度 |
第10作「男はつらいよ寅次郎夢枕」山梨県北杜市シーンのロケ地マップ
まずはざっくりロケ地の場所を確認しておこう。
ロケ地のある山梨県北杜(ほくと)市は、山梨県の最北端にある市。あたりを見渡せば南アルプスと八ヶ岳が視界に飛び込んでくる自然いっぱいの土地だ。東京からは中央自動車道を利用して2時間~2時間30分程度の場所にある。
今回は、山梨県北杜市ロケの中でも特に印象深いシーンをまわった。ロケ地周辺には電車も路線バスもないので巡礼には車が必須だ。私は朝10時頃から巡礼を開始し、午後3時時頃には記事内で紹介するポイントをすべて巡ることができた。
なお、第10作の山梨県北杜市ロケ地は本記事で紹介する場所以外にもいくつか存在する。すべてのロケ地を巡礼したい方は、ちびとらさんのWebサイト「ちびとらの寅さんロケ地の旅」をぜひ参考にしてほしい。
シーン1:伊賀の為三郎の墓参り
シリーズ屈指の名ショットが見られる、為三郎の墓参りシーン
山梨県北杜市にたどり着いた寅さんは、田中絹代が演じる旧家の女性から、テキ屋仲間「伊賀の為三郎」の死を伝えられる。そして、寅さんは女性と一緒に為三郎の墓参りに向かう。
薄暮に包まれた墓参りのシーンはシリーズ屈指の名ショットだ。晩秋のもの悲しい風景の中、寅さんと女性は無言のまま為三郎の墓に手を合わせる。風に揺れるススキ、舞い散る木の葉が寒々しい寅次郎の心を表現しているようだ。背景にそびえる南アルプスの雄大な尾根も素晴らしい。
ロケ地の近くを車で走っていると、お目当ての墓地は高台にあり、すぐに見つかった。
すっかり様変わりしていた為三郎の墓
こちらが為三郎の墓の現在の様子。作品内では3つしか映っていなかった墓石は数えきれないほどに増えている。お墓全体がキレイに整地されており、ススキや枯草も丁寧に刈り取られていた。
早速、作品内の寅さんと同じ場所で記念撮影をパチリ。墓地の様子が大きく変り、時間帯も真昼だったため、映画の中にあったもの悲しさが皆無の写真になってしまった……。
ちなみに、私の聖地巡礼は基本的に一人行動なので、写真撮影もタイマー機能を利用した自撮りである。今回はカメラ場所と撮影時の立ち位置が20メートル近く離れていたので、10秒間のタイマーセット後、立ち位置まで猛ダッシュしなければならなかった。事情を知らない他人が見れば相当滑稽な姿である。巡礼は体力勝負だ……。
シーン2:旧家の女性(田中絹代)との別れ
田中絹代の後ろに建っていた石仏・石碑を発見!
墓参りが終わると、太陽は沈み辺りはすっかり暮れていた。寅さんは冷たい秋風が吹く中、ジャケットの襟を立てて一人田舎道を歩いていく。そんな寅さんの後ろ姿をじっと見守る旧家の女性。このシーンの寂寥感もたまらなく良い。
このシーンのロケ地を探して車を走らせていると、十字路の脇にどこかで見たような石仏・石碑のかたまりを発見。あ!これは田中絹代の後ろにあったあの石仏・石碑に違いない!
車を停めて同じ撮影アングルを探すと、やはりこの石仏・石碑は作品内のものとまったく同じものだった。ビンゴ!である。
周囲の風景は変わったが、石仏・石碑だけはそのまんま
映画の中では、収穫を終えた米畑が画面いっぱいに広がっていたが、現在は建物がポツポツと建っており時の移ろいを感じる。しかし、田中絹代の後ろにあった石仏・石碑だけは撮影当時の面影をほぼそのまま残している。これにはびっくりした。
十字路や道端にある石仏・石碑は、集落を悪霊や疫病から守るために祀られているもの。信仰が暮らしの中に根付いていることを感じる。
最後に劇中の寅さんと同じ場所に立って記念撮影。またしても、作品内にあった寂寥感がすっかり抜けた間抜けなショットになってしまった。
シーン3:寅さんと登の旅
寅さんと登が楽しく歩くシーンのロケ地
商人宿に到着した寅さんは、そこで偶然、舎弟・登に再会する。先ほどまでのしんみりした雰囲気は一変し、ここから登との楽しい旅が始まる。
旧家の女性と別れた十字路からわずか10メートルほど南に下ると、寅さんと登が楽しく話しながら歩くシーンのロケ地がある。田中絹代登場シーンのロケ地とあまりに場所が近いので驚いた。作品内に映るボロボロの土壁の蔵は、ご覧の通り改修されていた。
寅さんと登が楽しそうにバスを待つシーンのロケ地
その後、寅さんと登は何やら楽し気な会話をしながらバスを待つ。バス停は別の場所に移動しており、ボロボロの掘っ建て小屋も無くなっていたが、積み上げられた石垣だけが当時の面影を残していた。
下の写真、左側に映っているのが新しいバス停だ。時刻表を見ると、1時間に1本バスが来るか来ないか、といった具合だった。寅さんと登の時間に縛られない旅を想像させる。
寅さんと登が商売をする神社、実際にはかなり小ぶりだった
その後、寅さんと登は、神社の階段の脇に古本をズラリと並べて商売をする。ロケ地となった神社は「唐土神社」。映画で見るとそれなりに大きな神社に見るが、実際にはだだっ広い田園風景の中にポツンと佇む小ぶりな神社だった。
映画で見ると、神社の階段はもう少し段数があるように見えるが、その後、神社が改修されて段数が減ったようだ。神社を囲む石垣は、古くからあるものと新しいものが混在している。
神社のまわりはほとんどが田んぼで、民家はポツリポツリと建っている程度。おそらくこのシーンの撮影では、ご近所の人々が相当数エキストラとして駆り出されたのだろう。
シーン4:寅さんと登が再び旅に出るラストシーン
寅さんがマドンナお千代坊との顛末を振り返る、峠の茶屋
マドンナお千代坊とすったもんだあり、再び旅に出た寅さんは、峠の茶屋でお千代坊との顛末を振り返る。登と茶屋のおばさんが事情を知らないのをいいことに、話を大きく盛りまくる寅さんがおかしい。
この時の茶屋は、寅さんと登が商売をしていた唐土神社から歩いて5分ほどの場所にある。シーンの最初は下記写真のように、八ヶ岳を背景に峠の茶屋を映すショットから始まる。
巡礼時、ちょうどこの家のご主人がいらっしゃったので撮影当時のお話を聞いてみた。残念ながら撮影当時はこの場所に住んでいなかったそうだが、該当シーンのスクリーンショットを見せると、「このおじいちゃんは近所に住んでた人だね。もうだいぶ前に死んじゃったけど」とおっしゃっていた。作品内の家屋はだいぶ前に建て直しをして今の姿になったそうである。
寅さんと登がじゃれあいながら橋を渡るラストシーン
峠の茶屋を出た寅さんと登は、再び旅へと向かう。じゃれあいながら木造の橋を渡る二人を映しながら第10作は幕を閉じる。
ラストシーンは北杜市を流れる塩川にかかる橋の上で撮影された。映画内では味のある木造の橋だったが、50年後の現在はコンクリート、アスファルトで舗装された立派な橋に建て直されていた。
下の写真はその橋からの眺めを撮影したもの。自然がそのまま残されている河岸がとてもいい感じ。
おまけ:ロケ地に行ったからこそ気づいた「映画の空間マジック」
今回の聖地巡礼で気づいたこと。それは、映画内における空間のマジックだ。
本記事で紹介した、旧家の女性と別れるシーンのロケ地(仮にA地点とする)と、寅さんと登が楽しく道を歩くシーンのロケ地(仮にB地点とする)は、現実世界では10メートル程度しか離れていない。しかし、映画の中で見るA地点とB地点は、映画内の物語の流れや時間の流れによって遠く離れた二地点のように見える。これは、実際にロケ地巡礼に行かなければ気づけなかったことだ。
もう一つ例を挙げたい。ちびとらさんによると、第10作ラストシーンの橋は、作品の中盤(36分55秒頃)で寅さんと登が渡った橋と同じ橋だと言う(参考:「ちびとらの寅さんロケ地の旅」第10作ロケ地マップ)。確かに、映像をよく確認すると同じ橋に見える。これも、橋が登場する時間をずらし、ショットのアングルを変えることで、まったく別の橋に見せることに成功している例だ。
夢中になって作品を観ている時にはこのような事実になかなか気づけないが、ロケ地巡りをして実際の撮影現場の情報を頭にインプットすると、映画内の空間マジックが浮かびあがってくる。これはなかなか面白い経験だった。