みんなの寅さん from 1969/佐藤利明

「寅さん博士」佐藤利明氏による、圧倒的なボリュームの寅さん本

「寅さん博士」としておなじみ、娯楽映画研究家・佐藤利明氏の著作。『男はつらいよ』第50作の公開を記念して、映画公開と同じ2019年12月に刊行された。

まず度肝を抜かれるのが、本書のボリューム。私は本書をAmazonで注文したので、配達後にはじめて実物を手にしたのだが、その分厚さと重さに圧倒された。ぱっと見はほとんど国語辞典のようである。

重さは899g(1キロ弱!)

厚み4センチ。辞書とあまり変わらない。

本書は、佐藤氏がこれまで執筆した寅さん関連文章を中心に構成されている。その内容は以下の通り。

  • 文化放送のラジオ番組「みんなの寅さん」オープニングトーク採録48本
  • 文化放送のラジオ番組「みんなの寅さん」公式サイト連載コラム112本
  • 夕刊フジ連載「みんなの寅さん」コラム32本
  • デイリースポーツ連載「天才俳優・渥美清 泣いてたまるか人生」コラム32本
  • 柴又地域文化的景観調査チームの依頼で執筆した原稿用紙80ページ強の論文(「柴又の景観認識『男はつらいよ』に見る柴又」)

これだけでも相当なボリュームなのだが、加えて

  • 第50作『おかえり寅さん』の書き下ろし評論
  • 『男はつらいよ』シリーズ全作品のキャスト・啖呵売・ロケ地・劇中歌・スタッフ・配役・併映をまとめたデータベース
  • まえがき&あとがき

などが収録されている。以下、各章の内容をダイジェストで紹介しよう。

第1章:論文「柴又の景観認識『男はつらいよ』に見る柴又」

佐藤氏が、2015年に柴又地域文化的景観調査チームの依頼で執筆した柴又地域文化的景観調査報告書論文「柴又の景観認識『男はつらいよ』にみる柴又」を採録。原稿用紙80ページ程度、文字数にして30,000字強に及ぶ。

タイトルは何やら堅苦しいが、簡単に言うと『男はつらいよ』の成り立ち、見どころ、長いシリーズの中でロケ地・柴又はどのように描かれてきたか、を紹介するシリーズガイドである。

この第1章には一分の隙もない。舞台に柴又が選ばれた理由、寅さん以前の渥美清の状況、山田洋次と渥美清の出会い、テレビ版から映画版への移行、その後の「国民的映画」への発展などが丁寧に、そして、完璧にまとめられている。『男はつらいよ』の成り立ちは、本論文でほぼ事足りる。

「役名:車寅次郎になった理由」「博とさくらの住居の変遷」さらには「柴又から出土した“寅さん埴輪”」など、マニアが唸る話題にも言及されている。多数の参考文献や関係者へのインタビュー、著者自身のフィールドワークに基づく内容が丁寧に編み上げられた、『男はつらいよ』概論の決定版と言っていいだろう。

第2、3、6、7章:文化放送「みんなの寅さん」公式サイト連載コラム

文化放送「みんなの寅さん」公式サイトで連載された各作品の解説コラム。

1作品につき執筆時期の違う2~3本のコラムが収録されている。5年半弱におよぶ番組放送期間内(放送回数はなんと701回!)に、本コラムはシリーズ48作品を3周程度したようである。

コラムは作品ごとにまとめられている。

各コラムには内容の重複がほとんどなく、佐藤氏による作品の感想や、作品の豆知識(=寅ビア)が重層的に折り重なっている。

各作品の劇中で使われた音楽や、出演者の経歴や過去の出演作品、脚本やシーンのモチーフになっている映画や落語作品などなど、著者の記憶回路が連綿と綴られていく文章は圧巻だ。一つ作品を観了した後に、副読本として該当作品コラムを読めば、作品の理解をより一層助けてくれることだろう。

一例として、第6作『純情篇』に出演した、森繫久彌に関する記述を引用しよう。

森繫久彌さんといえば、昭和二十五年(一九五〇)年、『腰抜け二刀流』(新東宝)で主演デビューを果たし、数々のアチャラカ喜劇の滑稽な演技を経て、『夫婦善哉』(一九九五年・東宝)で演じたダメ男が高い評価を受け、東宝のドル箱となった「社長シリーズ」「駅前シリーズ」など、看板シリーズで、戦後を代表とする「映画の喜劇人」となります。

渥美清さんがまだ「これから」という時代、昭和三十五(一九六〇)年に、森繫さんが自ら製作にあたった『地の涯に生きるもの』に、端役ですが漁師の役で出演。そのときに、スターである森繫さんに「キヨシ、弁当食ったか」と優しく声をかけて貰ったことに感激したというエピソードもあります。(中略)その尊敬する森繫さんを「男はつらいよ」のゲストに招いた時の渥美清さんの感激は、察するに余りあります。(118P)

佐藤氏は、6歳の時に第1作『男はつらいよ』を映画館で鑑賞し、以後26年間にわたって寅さんの新作をリアルタイムで見続けてきた人である。だから、コラム内に時折登場する、映画館での観客の反応に関する記述は興味深く、その時代に生まれたかった……と嫉妬すら覚えてしまう。

例えば、第20作『寅次郎頑張れ!』のコラム。

幸子とデートの約束をした良介に寅さんが、一切の段取りをレクチャーします。

デートでは洋画は禁物、(中略)ヤクザ映画、ギャング映画、悲恋物はダメ。では何なら良いのでしょうか?「決まってるじゃないか、おかしい映画」と断言します。

この「おかしい映画」という時の寅さんの表情。これが実におかしいのです。十四歳のときにこれを上野松竹で観たときの、お客さんの爆笑が凄かったです。劇場が揺れるような、とにかく、皆が力の限り笑っている、そんな感じでした。(250P)

第4章:デイリースポーツ連載「天才俳優・渥美清 泣いてたまるか人生」コラム

俳優・渥美清が、『男はつらいよ』の車寅次郎に至るまでの足跡を丁寧にまとめた文章。

渥美清の自伝『渥美清 わがフーテン人生』『今日も涙の日が落ちる』などからの引用をはじめ、渥美清の小学生時代の級友や、肺結核療養所でともに闘病生活を過ごした関係者への聞き書きも掲載されており、貴重な話が満載だ。

個人的には、浅草のストリップ劇場「百万弗劇場」「浅草ロック座」「浅草フランス座」で、喜劇役者として飛ぶ鳥を落とす勢いだった渥美清の快進撃が印象深い。

第5章:夕刊フジ連載「みんなの寅さん」コラム

800字程度のライトな『男はつらいよ』エッセイ。

寅さんとマドンナ、寅さんと旅、寅さんのアリアなど、シリーズの名場面を振り返りながら様々なテーマで寅さんのキャラクターを32本のエッセイで浮き彫りにしていく。

みんなの寅さんデータベース

巻末に収録された、『男はつらいよ』シリーズ全作品のキャスト・啖呵売・ロケ地・劇中歌・スタッフ・配役・併映をまとめたデータベース。

このデータベースの網羅性の高さ、情報粒度の細かさには目を見張るものがある。例えば、配役情報は「スナックの客」「サイクリングの女の子」などの端役まで完璧に押さえている(なんとTV版男はつらいよの配役まで載っている!)。

なんと、TV版寅さんの配役まで載っている。

さらにロケ地についても、松竹株式会社運営の『男はつらいよ』公式サイトでは「レストラン」と表記されているところを「レストランメイン(現・サンディッシュ)」と表記するなど、店名まで細かく掲載している。

ロケ地は情報の粒度が細かい。

なお、ロケ地データは、寅さん聖地巡りを趣味とする熱狂的な寅さんファン数名の方が、長年にわたり現地を訪ね歩いて特定した撮影地情報が掲載されており、その信憑性は高い(佐藤氏は「在野の専門家の地道な研究の成果」(611P)と表現している)。

第50作『おかえり寅さん』の情報も収録されているので、本記事を書いている2020年6月時点における、『男はつらいよ』作品データベースの決定版と言ってもよいだろう。

作品に関連する諸要素を芋づる式に網羅する「寅さん辞典」

記事冒頭で、本書のことを「ぱっと見は辞典」と評したが、中身の方もほとんど「寅さん辞典」と言っていい内容になっている。

50音順の索引こそないが、作品ごとにまとめられたエッセイ数本を読めば、各作品に関連する諸要素──映画・芸能誌史、俳優の経歴・代表作、文化・風俗史、ファッション、流行歌など──に芋づる式に当たることができる。本書の帯にある、佐藤蛾次郎氏の推薦文──「ここには全てがあります!」──を最初に見たとき、なんと大雑把なコメントだろうと思ったが(失礼)、今ではこのコメントに激しく同意できる。

寅さんシリーズにハマると、私のような一部の好事家は、関連する映画作品や書籍をあたり、『男はつらいよ』について少しでも多くのことを知りたい!という情熱に駆られる。本書はそういった研究活動の一助になることは間違いない。

佐藤氏の娯楽映画研究家としての半生が集約された、一大クロニクルである本書を道連れに、『男はつらいよ』の深淵なる世界に旅立っていくのも良い人生ではないだろうか。

──ただし、その研究は一度きりの人生では少し足りないかもしれない……。そんな思いも抱いてしまう、重厚長大で骨太な「寅さん本」である。

   

 - 男はつらいよ書籍紹介