寅さんの50作目「男はつらいよ お帰り 寅さん」の公開にあわせて出版されたムック本。A4より若干大きいサイズで、全154ページのフルカラー。ムック本というより写真集と言った方が良さそうな、重厚感のある仕上がりになっている。
本書は、映画「男はつらいよ」シリーズの出演者・製作者たち総勢56人へのインタビュー記事を中心に構成されている。歴代マドンナ女優も26人登場しており、浅丘ルリ子、吉永小百合、竹下景子などシリーズに複数回出演した女優はもちろんのこと、佐藤オリエ、若尾文子、榊原るみ、いしだあゆみ、都はるみ、秋吉久美子など、この類の寅さん関連インタビューにはあまり登場しない女優も掲載されている。
マドンナ女優たちのインタビューには渥美清の知られざるエピソードが満載で、寅さん役を離れた「素の渥美清」をうかがい知ることができる。印象深いものをいくつか紹介しよう。
佐藤オリエ(第2作「続 男はつらいよ」マドンナ)
撮影待ちの間、身ぶり手ぶりで佐藤にいろいろなことを教える渥美。その解説が実におもしろかった。
男はつらいよ 50周年 わたしの寅さん (43p)
「矢継ぎ早にいろいろなことを言うのよね。言い出したらもう止まらないの」
長山藍子 (第5作「望郷篇」マドンナ)
長山は「男はつらいよ」以外でも何度か渥美清と共演している。「『藍子ちゃんの付き人やるヨ!』と冗談ぽく言われたこともあるんです。寅さんのような口調でした」
男はつらいよ 50周年 わたしの寅さん (47p)
身近で見た渥美は?
「優しい目で人を深く見ていたようでした。ある種の空しさを心の奥にしまっていたのではないでしょうか。求道者みたいな雰囲気でした」
樫山文江 (第16作「葛飾立志篇」マドンナ)
俳優としての渥美の魅力とは何だろう。樫山は言う。
男はつらいよ 50周年 わたしの寅さん (56p)
「声音が美しく音域がとても広い。たとえば『雪がさらさら降る』『雨がザーザー降る』という場合、渥美さんの擬音語の使い方は素晴らしかった。言葉が立体的で、ふわーっと情景が目の前に浮かんでくるのです」
桃井かおり (第23作「翔んでる寅次郎」マドンナ)
大船撮影所(神奈川県鎌倉市)でのこと。ごろんと横になって休憩していた渥美清を見て、桃井も横になっているうちに、渥美のひざ枕で熟睡してしまったという。
男はつらいよ 50周年 わたしの寅さん (59p)
「よく眠れるひざでしたね。気が付いたら『お嬢さん、お目覚めですか』って」
仕事を離れても、桃井は渥美を頼りにしていた。マスコミに追いかけられていたとき隠れたのが、東京都内にあった渥美の仕事場だった。
男はつらいよ 50周年 わたしの寅さん ( 59 p)
「この人のそばにいれば絶対に安全と。人の痛みや弱さに敏感で色気があり、とてもセクシーでした」
松坂慶子 (第27作「浪花の恋の寅次郎」第46作「寅次郎の縁談」マドンナ)
本番の前。松坂がひとりでセリフをつぶやいていると、渥美清が合わせてくれた。「『もう1回やりましょう。何度でもやりましょう』と。情熱を感じました」。渥美のセリフは聞いていて心地が良かった。
男はつらいよ 50周年 わたしの寅さん (61p)
「拍子木でたたいたような歯切れのいい、澄んだ音なんです」
香川京子 (第24作「寅次郎春の夢」マドンナ)
芸能から人生を学んだ渥美。「哲学的なにおい」を香川は感じた。「自分に厳しい方という印象を受けました。人間として高い目標を定めていらっしゃったのではないでしょうか」
男はつらいよ 50周年 わたしの寅さん (64p)
いしだあゆみ (第29作「寅次郎あじさいの恋」マドンナ)
丹後ロケのとき。旅館の大広間で渥美清と2人だけで撮影待ちをしていた。渥美は黙ってじっと座っていた。
男はつらいよ 50周年 わたしの寅さん (66p)
「漫画で『しーん』って書いてある場面、あるじゃないですか。でも、渥美さんは普通の『しーん』じゃない。信州の上高地にいるような静けさ。清涼感のある人でした」
都はるみ (第31作「旅と女と寅次郎」マドンナ)
渥美が都のファンだったこともあり、マドンナ役が実現したという。コンサートのパンフレットにもこんなメッセージを寄せている。
男はつらいよ 50周年 わたしの寅さん (67p)
〈都はるみの左肩には歌の神様が座っている。歌いたくないと言っても、その神様が背中をポンと押すと、歌わざるを得なくなっている〉
夏木マリ (第43作「寅次郎の休日」マドンナ)
たぐいまれな天分を持った渥美清。努力と勉強の人でもあった。夏木は、そんな渥美に男の色気を感じた。
男はつらいよ 50周年 わたしの寅さん (114p)
「フランスの紳士みたいに渋いんです。ヨーロッパの香りのする、成熟した男優と言ったらいいのでしょうか。お付き合いするとしたら最高の男性だと思うんです」
風吹ジュン (第45作「寅次郎の青春」)
東京・渋谷の代官山に仕事場がある。ひとりでいる渥美を街角で何回か見かけた。
男はつらいよ 50周年 わたしの寅さん ( 115p)
「すがすがしい空気が漂ってくるのです。俗気がなくて品のよさを感じました」
「感性が豊かなのです。職業として寅さんを演じているのであって、ご本人は違う世界に生きていたのでは」
食事を一緒にした時もあった。ドラゴンアレルギーの人がいて、ラーメンを食べるたびに丼の底の竜の絵に驚いていたという話が面白かった。
「でも、ご自身の話は一切されませんでした」
横断歩道を渡るとき、手をつないでエスコートしてくれたときもあったという。
美保純(第36作「柴又より愛をこめて」出演)
演じた渥美清さんからは「純ちゃん」と呼ばれ、近くのラーメン店でチャーハンセットをごちそうになったこともある。
男はつらいよ 50周年 わたしの寅さん (132p)
「渥美さんは格好良くて優しくて。最初に会った時も『俺は監督とスタッフのせいで寅さんをやめられない。この人たちは俺が車いすになっても撮るといってるんだ。ひどいだろ』と笑わして、緊張をほぐしてくれました」
タイトルに「増補改訂版」とあるように、本書は2016年に刊行された「渥美清 没後20年 寅さんの向こうに」の内容をベースに、第50作「お帰り 寅さん」にちなんだコンテンツをいくつか追加した構成になっている。しかし、「寅さんの向こうに」で一番の目玉コンテンツだった渥美清の秘蔵プライベート写真(初代おいちゃん・森川信の訃報を受けて、主演映画のロケ先から東京への帰路を収めた写真群)は本書では削られ、代わりに第50作の関連記事が掲載されている。
渥美清の貴重なプライベート写真を見たい渥美清ファンには、ぜひ増補改訂前の「寅さんの向こうに」の購入をお薦めしたい。「寅さんの向こうに」の詳しい内容は、以下の書評記事を参考のこと。
なお、本書「わたしの寅さん」も「寅さんの向こうに」も、インタビュー記事のほとんどは書籍「朝日新聞版 寅さんの伝言」(小泉信一・著/講談社)からの再録である。「朝日新聞版 寅さんの伝言」には、男はつらいよ製作者・出演者たち総勢80名強のインタビューが収録されており、寅さん関係者のインタビュー集大成となっている。
こちらも非常に面白い本なので、寅さんファンにはぜひお薦めしたい。「朝日新聞版 寅さんの伝言」 の詳しい内容は、以下の書評記事を参考のこと。