『キネマ旬報 「男はつらいよ」40周年記念大特集』/キネマ旬報社


『男はつらいよ』公開から40周年を記念して、2008年9月に発刊されたキネマ旬報『男はつらいよ』大特集号。

特集の内容は、1971年の第6作『純情篇』公開時の山田洋次と渥美清の特別対談。1993年の第45作『寅次郎の青春』公開時の渥美清ソロインタビュー。そして2008年の山田洋次ソロインタビューの3本柱で構成されている。

『男はつらいよ』は作品ごとに順調に観客動員を伸ばし、山田監督が個人的にこれで打ち止めと考えていた第5作『望郷篇』が動員70万人の大ヒットを記録する。いよいよ松竹映画の看板シリーズとして後に引けなくなった同作品は、マドンナに当時大スターだった若尾文子をキャスティングするなど、飛ぶ鳥を落とす勢いにあった。

山田と渥美がノリにノッているこの時期の特別対談から、22年後まるで何かを達観したかのようにサバサバと語る渥美清を経て、シリーズの歴史をしみじみと振り返る山田監督の回想まで行き着く、贅沢な特集号。老舗のキネマ旬報だからこそ実現できた企画だろう。

1971年の山田・渥美対談では、渥美清が幼少時代を過ごした上野・浅草の思い出話が中心。うさんくさいテキ屋衆、銭湯で見たイレズミ姿のヤクザのあんちゃんなど、下町の様子がイキイキと語られる。

この対談の中で山田監督は、自分の映画がどのようにして生まれるかについて、こう語っている。

山田洋次「最初から映画を作る前にイメージがあって、それに俳優さんを近づけて映画を作るのは意味がないとおもっている。それは一つの観念の産物にすぎなくなってしまいますからね。目の前にいる俳優さんが、これを演じたら、どういうことになるか、というところで、映画が生まれてくるんです。渥美さんは、その意味でぼくにとっては、貴重な俳優さんですよ。」

寅のアリアさながら臨場感たっぷりに朗々と下町を語る渥美清と、この山田監督の発言を重ねあわせると、やはり車寅次郎は渥美清のパーソナリティから生まれたキャラクターであったといっていいだろう。

2008年の山田洋次ソロインタビューで特に印象深いのは、「撮影中に渥美からアイデアが出されることはあったのか?」という質問への回答。渥美は「こんなことをしたい」「この俳優と共演したい」といった口出しは一切せず、演じることだけに専念していたのだそうだ。「そのほうが、山田洋次はより良い仕事ができる」とあの人は考えていたのだろうと山田監督は振り返る。

山田洋次は最高の脚本を作り、渥美清は最高の芝居でそれに応える。お互いが領分を守りながら、相手の期待に無言で応える。なんと美しい関係だろうか。

ジョン・フォードとジョン・ウェイン、フランク・キャプラとジェームズ・スチュアート、溝口健二と田中絹代、そして黒澤明と三船敏郎、二つの才能が掛け算となり映画史に残る数々の名作を残した例は少なくない。

山田洋次と渥美清も、間違いなくこの例にもれないだろう。

本特集号はこのような書き出しからはじまる。新進気鋭の若い二人は、まさしくそのような黄金コンビであったことが伺い知れる一冊である。

      2016/05/31

 - 男はつらいよ書籍紹介