いま、幸せかい?「寅さん」からの言葉/選:滝口悠生

『男はつらいよ』シリーズ未見でも楽しめる「寅さん名場面集」

『男はつらいよ』シリーズの新作、第50作『おかえり寅さん』の公開を記念して刊行された新書。シリーズ未見のファンも念頭に置いたという寅さんシリーズの「名場面集」である。

「 」つきで「名場面集」と記したのは、これまで数多く刊行されてきた寅さんの「名言集」「名セリフ集」とは明確にコンセプトが異なるからである。その意図について、選者・滝口悠生氏はまえがきでこう記している。

映像で見ると印象的なセリフでも、そのひと言だけ抜いて文字で読んだのでは、なかなかその魅力が十分に伝わらないことも多い(4P)

そもそも「男はつらいよ」のセリフの魅力は、登場人物たちのやりとりやかけ合い、ウィットに富んだ混ぜっ返しなどが混交されたうねりのなかから生まれるものが多い(5P)

そこで、本書はセリフを短く抜くのではなく、やりとりの妙を味わえる「場面」を中心に選ぶ方針を立てた。(6P)

例えば本書には、第20作『寅次郎頑張れ!』の「『アイ・ラブ・ユー』──出来るか、青年!」という名セリフが収録されているが、このひと言に至る直前の長い長い寅さんの独り語り──例えば、「あのガラスの器に入った、ほら、あれ何て言うんだ。アイスクリームを、こうねじりうんこみたいに山盛りにしたやつ、あれなんか一口でペロッとたべちゃってさ。」──もばっちり収録されている。

そのため、『アイ・ラブ・ユー』という一つのセリフよりも、そのセリフが生まれたやりとり全体や、その文脈において『アイ・ラブ・ユー』と発言されたおかしさの方に興味が向かっていく。

「言葉」そのものよりも、「座の面白み」や「言葉を発したキャラクター」に焦点が当てられる名場面を連続して読むにつれ、「『男はつらいよ』とは、一体どういう映画なのだ?」「名場面の中心に常にいる“寅さん”とは、一体どんな人物なのだ?」と興味を抱く人も多いのではないか。

本書は「コアなファンだけでなく若いひとにも読んでもらえる本にすること」(5P)を目指したそうだが、そのコンセプトがとても上手く体現されていると思う。いわば活字によって映画『男はつらいよ』を仮想体験できる本である。活字慣れをしている方の中には、この本を通じて寅さんの世界観にビビッと来る人も少なくないはずだ。

「活字」で「読む」寅さんには新しい発見がある

本書は、活字となったセリフから、役者の声色や調子、なんなら表情や画面内の立ち位置までも完璧に再現できるような寅さんマニアが読んでも、十分に楽しめる一冊だと思う。

というのは、選者自身もまえがきで言及しているが、劇中のセリフを「活字」として「読む」ことで、映像とはまた違った印象や感動が生まれてくるからだ。

例えば、本書の第1章「家族について」には、登場人物たちの口喧嘩や罵り合いが何本も収録されている。これらに活字として触れると、思った以上に鋭くてヒドイ言葉の応酬がなされていることに気がつく。同じように、寅さんの奔放な発言の異常さや、兄の生き方を心配するさくらの切実さも、映画とは違った形で浮き彫りになるのだ。

本書を編むにあたり、選者自身も「シリーズの初期から一貫して自律的な女性のあり方が示されていたこと」「周囲の人びとの言葉が、寅の言葉以上に寅を言い表していること」「寅と満男のリレーションシップがこの映画シリーズにおいて持ちうる意味」(7P)を発見できたと述べている。寅さんマニアも本書から何かしら新しい発見を得ることだろう。

寅さんマニアの芥川賞作家がキュレーションする誠実な寅さん本

選者の滝口悠生氏は1982年生まれ。芥川賞受賞歴を持つ小説家で、2015年には寅さんをモチーフにした異色の小説『愛と人生』を発表している。

選ばれた名場面には滝口氏による解説が添えられているが、20代からシリーズを繰り返し見続けてきた寅さんマニアであり、かつ、第一線の小説家である滝口氏が展開する作品論には唸らされるものが多い。

ひとつの例として、滝口氏による「及川泉」評を引用してみよう。

シリーズ終盤、颯爽とこのシリーズに現れた後藤久美子演じる泉は、苦労の多い境遇に屈せず、毅然と生きる姿勢をスクリーンに刻みつけた。彼女の言動は、四半世紀後の私たちにも、多くの示唆を与えてくれる。「幸せが男の人だなんていう考え方も嫌い。幸せは自分で掴むの」という彼女の意思表明は、ともすれば寅や満男の、あるいはこのシリーズを素朴に楽しむ観客たちに冷や水を浴びせるようなセリフなのかもしれない。けれども、シリーズ最終盤にこの孤独な泉が登場したからこそ、「男はつらいよ」シリーズは現在においても色褪せず、繰り返しの上映や視聴にたえる。泉の存在があったからこと「新作」の制作も可能だった、そう言っても決して言い過ぎではないと思う。(159-160P)

滝口氏は、シリーズを代表する名場面、第15作『寅次郎相合い傘』における「寅がリリーの晴れ姿を思うシーン」も当然選出しているが、セリフはその序盤しか収録されていない。

その理由は、このシーンの「最大の魅力は渥美清の素晴らしい声と調子でありそれを抜きにその魅力は伝えがたい」(129P)からであり、「ぜひ映画を観て味わっていただきたい」と述べている。

本書は、こうした誠実な編集姿勢が随所から伝わってくる好著である。優秀で誠実な「寅さんキュレーター」滝口悠生氏による本書を、ぜひ多くの寅さん未経験者の方に読んでほしいと願う。

   

 - 男はつらいよ書籍紹介