『渥美清 晩節、その愛と死』/篠原靖治


渥美清の逝去まで、足かけ14年にわたり付き人をつとめた篠原靖治によるノンフィクション。

晩年において、もっとも渥美の近くにいた仕事関係者はおそらく彼だろう。ひた隠しにしたガンとの闘い、病魔に苦しめられながらも寅次郎を演じていた様子を、付き人の視点から克明につづる一冊だ。

『男はつらいよ』は、シリーズのラスト4~5作に差し掛かると、渥美清の老化が急激に目立ちはじめる。「寅さんも歳を取ったなあ……」と観客は一抹の淋しさを覚えるが、それでも渥美清は陽気な寅さんを見事に演じきっていた。

しかし、本書によるとその舞台裏は壮絶極まるもので、渥美清は悲壮な思いで作品に臨んでいたのである。

「いい年してね、いつまでも、女のケツばかり追いかけてちゃいけないよな」

渥美がはじめて”寅次郎をやりたくない”といったニュアンスの言葉を漏らしたのは、第45作の頃。

次いで、第46作。

「シノ、オレはもうできないよ」「お前から見りゃ、オレは給料みたいな顔してるかもしれないけど、できないよ」

さらには、第47作。

「オレはもう、生きているのが不思議なくらいだよ。しんどくてたまらないんだ。でも、誰もわかっちゃくれないよな。あーあ、誰かオレに代わって、寅をやってくれるやつがいないかねぇ」

もはやこの頃には、撮影の休憩時間には力なくゴロンと控室に横たわり、胃腸薬だとうそぶき抗癌剤を飲んでいたという。ストレートに”寅次郎をやりたくない”と篠原に弱音をぶつけるほどに、ガンは進行していたのだ。

そして最終の第48作撮影時、渥美は衝撃の告白をする。

「実はな、シノ、オレはガンなんだ」「オレはガンなんだからねー、ハハッ」

その瞬間、篠原は言葉を失い、身動きが取れなかったという。

痛々しく、孤独で、苦痛に満ちた晩年。元気あふれる寅さんが好きな方にとって、本書にはつらい記述が続く。

山田洋次は、渥美清に捧げた弔辞でこう述べていた。

「5年前に渥美さんの病気を知り、予断を許さないのは知っていました。体の衰えが目立ち始めて、小島の急な坂を登るときは、とてもつらそうだった。この時、この陽気な男が、映画から手を引く日も近いと思っていました。

そろそろ解放してあげたい、と思いながら、もう一作だけ、もう一作だけ、もう一作何とかと思って48作も撮ってきました。医師から、正月遺作となった映画に出演できたのは、奇跡といわれました。

ああ、悪いことをしました。後悔しています。」

当時、『男はつらいよ』シリーズは松竹の屋台骨をがっちりと支えており、また、製作者はもちろん、ファンも寅さんの新作を心待ちにしていた。どんなに辛く、体に激痛が走ろうとも、シリーズを止めるわけにはいかなかったことは、当の渥美清自身が、わかり過ぎるほどわかっていたのだろう。

車寅次郎に殉ずる、と覚悟を決めながらも、本当に親しい人には心の内側を訴えずにはいられなかった。そんな渥美清の悲痛な叫びが、本書には記されている。

      2016/05/31

 - 男はつらいよ書籍紹介