『渥美清の伝言』/NHK「渥美清の伝言」制作班

シリーズ最終作『男はつらいよ 紅の花』の公開に先立ち、NHKクローズアップ現代では、撮影の密着ドキュメント『寅さんの60日~役者・渥美清の素顔~』という番組を放送した。

渥美清の没後、この番組は追加取材、再編集され『渥美清の伝言』という特別番組として放送される。クローズアップ現代の取材テープが40時間、渥美清没後の追加取材が20時間分あり、これを1時間の内容にまとめるわけだから、取材のほとんどが番組内に収まらない。

本書は、その収まりきらなかった貴重なインタビューを中心に採録し、番組制作秘話とあわせて一冊にまとめたもの。番組ディレクターの回想、渥美清インタビュー、『紅の花』密着取材、渥美清没後に取材された山田洋次・黒柳徹子・倍賞千恵子ら関係者のインタビューで構成されている。

渥美清を知る誰もが、”珍しい””めったにない”と驚く『紅の花』ロケ中の渥美清インタビューは、当時の渥美清の心中をリアルに反映している。

「くたびれちゃう」「疲れた」「もう精一杯」。インタビューには、生きることに疲れ果てたような言葉が並ぶ。渥美は、映画を離れても「飛べ飛べ!」と言われたスーパーマンを引き合いに出し、いつでもどこでも寅次郎のキャラクターを求められる自身の心境を語っている。

そこにはもはや怒りも苦悩の色もない。ひとつひとつの言葉はカラリと乾き、諦めに満ち、読む人の心に寒々しい風を吹かせる。

このインタビューや関係者の証言から推察するに、渥美清の諦観は、ガンという病気によってさらに深度を増していたと思しい。しかし唯一、長年の付き合いである黒柳徹子との親交の中では、その苦しい胸の内を忘れることができたようだ。

本書には、黒柳徹子の15,000字近くにも及ぶロングインタビューが採録されており、そのエピソードに登場する渥美清は実に可愛らしく、黒柳との親交においては、子どものように無邪気でいられた彼の姿を想像することができる。

黒柳徹子が、渥美清に最後に会ったのは最終作『紅の花』撮影前のこと。黒柳は、渥美清に連絡を取りたいとき、渥美の留守電にメッセージを入れておくようにしていたという。いつもはすぐに返事があるのだが、その時は一ヶ月、二ヶ月たっても連絡がない。どうも渥美は体調がすぐれず、返事が返せなかったようだ。

そんな事情を知らない黒柳は、久しぶりに再会した渥美に、「どこ行ってたのよ?温泉だわ、温泉でしょ?きっと女の人を連れて温泉に行ってたんでしょ?」と問いただす。すると渥美は、かぶっていた帽子を取り、ハンカチで涙を拭うほどに大笑いしたという。その笑いは「渥美さんが、あんなに笑ったの、見たことがなかった」と黒柳がいうほどであった。

当時、渥美のガンは病状が進んでおり、病院での治療と、家族の中では次回作をどうするかの話し合いもあったそうだ。撮影所では、誰もが渥美の体調のことを口に出さぬようナーバスになっており、渥美清は心の底から笑う機会がほとんどなかったのではないかと黒柳は振り返る。

 私は全然知らなくて、「温泉行ったでしょ、女の人連れて」なんて言ってたんだから、「のんきだな」って思っていたんでしょうね。でも、そんなに笑ってくれてたんだから良かったかな、とも思ったんだけれど。(46、47p)

黒柳徹子以外にも、インタビューに登場する関係者は豪華な顔触れだ。

「渥美さんと一緒にお風呂に入ったことがあるぞ!」と自慢しあう笹野高史と柄本明。「最後の撮影を終えた時、長年連れ添った寅さんのカバンにお別れを告げていたのかもしれない」と振り返る倍賞千恵子。2代目おいちゃん松村達雄、3代目おいちゃん下條正巳に加えて、脇役として作品を彩った関敬六、犬塚弘、桜井センリなども登場する。

エピソードは聞き書きではなく、当事者が自ら語るすべて本当のことだから、細部の描写がとてもリアルでぐいぐい惹き込まれる。登場する関係者の豪華さも含めて、渥美清追悼本の中でも、ずっしりとした読み応えがある一冊だった。

      2016/05/31

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