別冊宝島から2016年11月に発売された「男はつらいよ」ムック本。ライトユーザー向けの平易な解説本だが、寅さんシリーズの見どころ・要所はしっかりと押さえており、誠実なつくりに好感が持てる。プロモーション目的で作られた粗製乱造な営業本ではなく、『100%寅さん!』というタイトルに偽りはなかった。
本書は、「男はつらいよ」シリーズのお約束をデータベース的にまとめたコンテンツと、監督・出演者・スタッフ・寅さんファンへのインタビューコンテンツの大きく2つの柱で構成されている。
インタビューはその人選が素晴らしい。製作者メンバーは倍賞千恵子、佐藤蛾次郎、第5作マドンナ&TV版さくらの長山藍子、音楽担当の山本直純らが登場。山田洋次監督は巻頭メッセージを寄せている。
寅さんファンインタビューのメンバーも筋金入りの寅さんファンばかりで素晴らしい人選。みうらじゅんを筆頭に、「男はつらいよ48作ひとり語り」を演じた落語家・立川志らく、『新潮45』で「『男はつらいよ』を旅する」を連載していた評論家・川本三郎、そして、本ブログにもご登場いただいた芥川賞作家で異色の寅さん小説『愛と人生』を著した作家・滝口悠生氏と非常に濃いメンツだ。
注目は音楽担当・山本直純のインタビュー(彼が逝去する前年の2001年に行われたもの)。私は相当な数の寅さん関連書籍を読んできたが、彼が「男はつらいよ」の音楽について語るインタビューを読むのは本書が初めて。
超有名なテーマソング『男はつらいよ』録音の際、渥美清は尊敬する森繁久彌の唱法をまんまコピーしていたため「もっと渥美ちゃんの感じで!」と指示を出し、前口上をやらせた後に録音を切らずそのまま歌わせるとようやく渥美清の歌になったという。当時の貴重なエピソードを興奮しながら一気に読んでしまった。
長山藍子の心温まるインタビューも見逃せない。TV版初代さくらを演じた彼女が、映画版さくらの倍賞千恵子をどう思っているかについては長年興味のあるところだったが、第5作『望郷篇』での共演時に「お互いしっかりとバトンタッチした感じがあった」と語るのに思わず目頭が潤んでしまった。
そして、寅さんファンのみなさまにぜひご一読いただきたいのがみうらじゅんのインタビュー。寅さんはロックンローラーであり、初期の荒ぶる寅さんはパンクロック、3作目あたりからロックンロール、そして「ちょっと間にフォークを挟んで最終的にブルースへ流れる」という独自のシリーズ観には爆笑してしまった。後年の満男シリーズでは寅さんが「どんな気がする?満男」とボブ・ディランのように名言を吐く等々、安定のみうらじゅん節が存分に楽しめる。
やや通好みだが、名著『みんなの寅さん』を著した映画評論家・佐藤忠男の描き下ろしも嬉しい。なかなか言及されることのないキャラクター御前さまに着目し、「男はつらいよ」シリーズを評論していくその筆致は実に格調高い。
こうして集積された各人のインタビューをながめていくと、全員が同じ「男はつらいよ」シリーズについて語っているにもかかわらず、どこに注目し、どこに魅力を感じるかが見事にバラバラである。「男はつらいよ」シリーズの奥深さ、底知れなさをあらためて感じる一冊だ。
全編にわたって寅さん愛がひしひしと感じられる好著。寅さんビギナーからマニアにまでおすすめできる。ページを手繰る時のワクワク感をひさしぶりに思い出させてくれた寅さん本でありました。
『100%寅さん!』目次
出版:宝島社/大型本:127ページ/定価:1000円+税
- 山田洋次~『100%寅さん!』を手にとってくださった皆様へ
- 『男はつらいよ』名言グラビア
- 『男はつらいよ』人物相関図
- 『男はつらいよ』作品ガイド
- 『男はつらいよ』シリーズ全48作+特別篇 全作品紹介
- 幻のテレビトラマ版
- 車寅次郎の旅 東日本篇&西日本篇(ロケ地リスト)
- 車寅次郎 名言集
- 『男はつらいよ』インタビュー
- 倍賞千恵子~さくらと千恵子、二つの映画人生
- みうらじゅん~ロックな男、車寅次郎!
- 佐藤蛾次郎~俺は「寅さんの生き残り」
- 滝口悠生~芥川賞作家・滝口悠生に訊く 『男はつらいよ』の世界
- 立川志らく~渥美清でなくっちゃ寅さんではない
- 川本三郎~旅する映画『男はつらいよ』が映してきたもの
- 佐藤忠男(映画評論家・日本映画大学学長)~[寄稿]みんなが懐かしむ「御前さま」
- 山本直純(音楽担当)~音楽担当・山本直純に訊いた『男はつらいよ』音楽の秘密
- 長山藍子~失恋話の寅次郎
- 長沼六男~高羽哲夫を引き継いだ『男はつらいよ』 最後の撮影監督・長沼六男
- 樫原辰郎(評論家・映画監督)~[寄稿]自由と心意気の男、車寅次郎の稼業を深~く考えてみる
- 神田裕司(映画監督・映画プロデューサー)~[寄稿]生まれも育ちも住まいもずっと葛飾区!神田裕司の車寅次郎「聖地」ガイド
- 『男はつらいよ』ヒストリー 寅さんの生き様をさまざまな角度から見る
- 舎弟ヒストリー 寅さんに惚れた男たち
- ケンカヒストリー ささいな一言が家族を巻き込んだ大ゲンカに!
- 夢ヒストリー 時代劇からSFまで!
- 笑いのヒストリー 渥美清のコミカルな演技に注目!
- 啖呵売ヒストリー この名調子こそ寅さんの真骨頂
- 失恋ヒストリー 寅さんはいかに失恋したか?
- テキ屋ヒストリー 日本全国で寅さんが啖呵売した品々
- 柴又からのラブコール~柴又の旅ガイド、寅さん記念館紹介
- 寅さんインフォメーション~柴又駅前に「さくらの銅像」の設置が決定
- TVでもスマホでも寅さんに会える!『男はつらいよ』を観る!!