渥美清のアドリブに、倍賞千恵子が堪え切れず大爆笑をしてしまうものの、それがそのままOKテイクになっている珍しいシーンがある。
作品は第10作『男はつらいよ寅次郎夢枕』。八千草薫演じるマドンナお千代さんに、大学教授・岡倉先生が恋をする物語である。お千代さんに一目惚れしてしまった岡倉先生のことを、寅さんがとらやのお茶の間で噂をするシーン。ここで渥美清のアドリブが炸裂する。
以下、渥美清のアドリブ炸裂までの流れを作品より引用する。岡倉先生はお千代さんのことで頭がいっぱい、という話題から問題のシーンは始まる。作品の61分あたりから。
寅「飯を食う時も、ウンコをする時も、もうその人のことで頭がいっぱいよ。なんだかこう、胸の中が柔らかぁ~くなるような気持ちでさ。ちょっとした音でも、例えば千里先で針が、ポトンと落ちても、わーっ!となるような。
そんな優しい気持ちになって、いい、この人のためなら何でもしてやろう、命なんか惜しくない。『ねえ寅ちゃん、私のために死んでくれる?』と言われたら『ありがとう』と言ってすぐ死ねる。それが恋というもんじゃないだろうか。どうかね社長?」
社長「さあ、俺は見合い結婚だからね、申し訳ない」
寅「帰れタコ。博、おまえはどうかね?」
博「いやあ…なかなかそこまでは」
寅「おいちゃんはどうなんだい?」
おいちゃん「とてもとても…」
寅「ほ~う。誰もそういう気持ちを知らねえってのか。不幸せだねえ君たちは」
第10作『男はつらいよ寅次郎夢枕』
寅さんは、自身の恋愛観について同意を求めるが、 誰ひとりとして寅さんに共感をしない。それどころか、売り言葉に買い言葉で、軽い口喧嘩がにわかに巻き起こる。
おいちゃん「寅ほど幸せじゃねえよみんな」
おばちゃん「そうだよ~」
寅「なんだよ、そらどういう意味なんだよ。え?幸せなのはおいちゃんだろ?」
おい「俺は不幸せよ!」
寅「何いってやがんだい幸せの塊みたいな顔しやがって。不幸せぶるなっていってんだよ!」
おい「不幸せだから不幸せだっていってんだよ!」
寅「冗談じゃないっての!」
博「兄さんは幸せですよ!」
おば「そうよ、いつだって寅ちゃんは幸せだってみんなでいってんだよ?」
寅「ほら、それがおかしいっていってんだよ。なぜ、なぜみんなでいうの?なぜみんなでいうの?みんなで口裏あわせてるじゃねえかよ。結局俺のこと馬鹿だっていってんだよ」
おば・さくら「そんなことないわよ!」
第10作『男はつらいよ寅次郎夢枕』
ここで寅さんは突如として半狂乱状態へ!目をひんむき、口を歪ませ、とらや一同を指差しながら絶叫をするのであります。
寅「そうだよー!そうだよー!!そぉだよぉぉおおー!!!」
第10作『男はつらいよ寅次郎夢枕』
この時点で、ちょうどカメラに背を向ける形で座っている倍賞千恵子は肩が小刻みに震えて爆笑モードに入りかけている。渥美清は半狂乱から平静に戻る瞬間、その異変に気がついて、「あれ?ちょっとやり過ぎたかな?」という絶妙な表情を見せている。
そして倍賞千恵子はいよいよ堪え切れずに大爆笑。笑いをまったく抑えることができていないが、なんとかそのままセリフを続けるのである。
ここ注目なのが、とらや一同の華麗なるチームワークである。「あっ!千恵子ちゃんがNG出しちゃう!」と感じたおばちゃん役・三崎千恵子は、さりげなくさくらの腕をポンっと叩いて、笑いを堪えるような合図を出している。
間髪いれず、今度は博役の前田吟が、その場の流れの演技としてとても自然な動作で、倍賞千恵子に「ダメ!今は堪えて!」と目で合図を送っている。
こうした、とらやの絶妙なチームワークの甲斐あって、シーンはNGなく無事に乗り切ることができたのであった。
普通に考えれば、NGとなってもおかしくないさくらの大爆笑だが、和気藹々としたとらやの様子がうまく撮れていたため、山田洋次監督はOKテイクとしてそのまま作品に取り込んだのではないだろうか。
しかしながら、渥美清の爆発力は凄まじい。急にテンションがMAXになり、いきなり発狂状態に至る一連の流れはお見事である。言葉では伝えきれない渥美清の半狂乱芸、映像をご覧になれる方はぜひご確認いただきたいと思う。
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