「男はつらいよ」を薬に見立てた、新しいコンセプトの作品ガイド
『男はつらいよ』シリーズは、物語の基本パターンが全作品でほぼ一緒でありながら、作品のトーンや鑑賞後の後味が作品ごとに異なるのが特徴である。
明るく爽快な印象で幕を閉じる作品もあれば、もの悲しい情感が長く尾を引く作品もある。マドンナをはじめ劇中の登場人物たちは寅さんと出会うことで人生の転機を迎えるが、私たち観客はその物語を通じて、抑圧からの解放やカタルシスなど、作品ごとにさまざまな心理的変化を体験するのだ。
こうした特徴を持つ寅さんシリーズ作品を繰り返し見ていると、「第〇作は明るい気分にさせてくれる」「第〇作はこういう境遇の人が見ると心が軽くなる」など、まるで寅さん映画がメンタルに効くサプリメントのように思われる時がある。
本書は、そんな『男はつらいよ』シリーズの特徴を踏まえて書かれた、上下巻の読み物である。各作品を薬に見立てて、「効き目」「こんなときに観ましょう」「副作用・使用上の注意」などの効能書きを通じて作品を紹介していく。これまでになかったコンセプトの『男はつらいよ』シリーズガイドである。
著者のこまものやよさぶろう氏は、寅さんビギナーがシリーズ作品を見進める上でのガイドとなるよう、本書の執筆を思い立ったと述べている。効能書きというアイデアは確かに面白く、全作品の効能をすべて記した情熱には敬意を表したい。
が、効能書きの中には時折内容が薄いものが散見され、やや物足りなさを感じてしまうのも事実。
例えば、第25作『男はつらいよ寅次郎ハイビスカスの花』の【効き目】はこんな風に記述されている。
シリーズ中の最高傑作の一つです。じんわりと効く成分の奥が深くて、いろいろ考えさせられ、深いところで効いてきます。すぐによく効きますので誰にでもお薦めです。
「男はつらいよ」の効能書き[全48作]をもっと心に効かせる鑑賞ガイド 下巻 (38P)
「考えさせられる」「奥が深い」「とても感動する」「誰にでもお薦め」など、踏み込みの甘い文章がところどころに見られ、効能書きというせっかくのアイデアがうまく活かされていないのが惜しい。
著者のこまものや氏は、心理カウンセラーとして数多くの臨床経験を持つ、ということなので、この知見が最大限に活かされるような次回作に期待したいと思う。