報知新聞にて、1986年11月から72回にわたり連載された『ドキュメント・男はつらいよ』を一冊にまとめたものが本書。第37作『男はつらいよ幸福の青い鳥』撮影現場への密着取材を中心に、『男はつらいよ』が製作される過程をつぶさに追いかけた力作だ。
報知新聞の取材は、映画製作のはじまりとなる作品のモチーフづくりからスタートする(モチーフ=主題・中心的な思想・中心となる出来事)。モチーフ決定以降は順番に、キャスティング→ロケハン→脚本執筆(その後何度も修正される)→製作記者会見→ロケ撮影→セット撮影→アテレコ→音楽録音→編集→完成記者会見と続き、劇場で映画が公開されるまでを追いかけている。
衣装、大道具・小道具、照明、録音技師、制作進行、カメラマンなど、撮影スタッフへの密着にも連載1回分をあてて取り上げているから、観客が知ることのできない製作過程の苦労まで知ることができる。
たとえば照明。とらやのシーンでは、通常シーンの4~5倍の照明が使われているという。さくら一人だけでも、メーンライト、サイドライトなど4灯が集中し、8人が出演する場合はなんと32灯ものライトが使用されることがある。ライトの組み合わせで芝居効果を増幅させるのが狙いだが、とらやは日常生活の場であるため「照明を意識させない照明」を作り出さなければならない。
ここまでくるともはや職人芸の世界だが、このような創意工夫を全ポジションのスタッフが自発的に行い、作品を重ねるたびに洗練されていくのが山田組の凄さなのだろう。
興味深いのは、山田洋次の演出方法についての一節。たとえば「とらやを飛び出した寅さんが、左右どちらに向かうか?」など、脚本に細かな記述がない場合、俳優にその答えを求めることがある。
「さあ、寅だったらどうしますかね、渥美さん」。山田洋次が問うと、渥美清は3通りの芝居を演じてみせ、ベストなものを山田監督が選ぶ。それに合わせて、カット割りやカメラ、照明の位置が決まり撮影が進んでいくという。劇中の寅さんの動きは、渥美清と山田洋次の共作だったとは目からウロコである。
男はつらいよシリーズの鑑賞を、確実により深いものにしてくれるであろう本書。主要キャストへのインタビューも収録されており、特に、山田洋次、渥美清へのロングインタビューは必見だ。