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『みんなの寅さん「男はつらいよの世界」』/佐藤忠男

本書は、日本を代表する映画評論家・佐藤忠雄による「男はつらいよ」作品論である。数ある寅さん書籍の中でも、面白さでは小林信彦著『おかしな男 渥美清』と双璧をなすもので、作品をより深く理解したいという方は、まずはこの二作をおさえるのがよいと思う。

古今東西あらゆる芸術は、優れた芸術の影響や模倣から生み出されてきたが、寅さんとてそれは例外ではない。本書は、映画「男はつらいよ」に影響を与えたルーツを映画史や芸能史に求め、それらがどのように寅さんの生成発展に貢献したのかを解き明かす、深みと厚みのある「男はつらいよ」作品論である。

著者の圧倒的な知識量ゆえに、論はさまざまな方向に脱線していくが、その脱線すら心地よく読ませる文章力と、やがて鮮やかに結論へと着地する展開力が見事である。作品評論でありながら、優れたエンターテイメント作品としても成立している名著だといえよう。

本書は、寅さんのルーツに言及する第1部と、寅さん第1作から第44作までを解説する第2部で構成されている(本書は1992年の発行)。特に素晴らしいのは、第1部で展開される「寅さんは西部劇の影響を受けている」とする著者独自の仮説である。

著者によれば、1910年代のアメリカ西部劇「グッド・バッド・マンもの」のストーリーには3つの特徴があるという。(1)主人公は気のいいならず者(グッド・バッド・マン)で、(2)ある女性への敬意・崇拝によって無頼の性格を変え(女性崇拝)、(3)その女性に尽くしぬき最後は一人で去っていく、というものである。

このパターンの作品がアメリカで量産された結果、その影響は『沓掛時次郎』に代表される「股旅もの」を生み出し、女性崇拝の要素を持つ作品が日本でも一般的になったと筆者は推測する。なるほど、国定忠治など日本の伝統的なヤクザは女に惚れないが、『沓掛時次郎』は女に恋をし、献身する。女性崇拝は『沓掛時次郎』以前の日本芸能にほとんどみられなかったテーマなのである。

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さて、我らが寅さんであるが、マドンナに対する一貫した献身を見れば女性崇拝の要素があることは一目瞭然だし、そもそも第2作『続・男はつらいよ』は『沓掛時次郎 瞼の母』の明確なパロディである。西部劇を源流とする女性崇拝が、「股旅もの」を経由し、寅さんにまで受け継がれているという大胆な仮説が、流れるような筆運びによって展開され、思わず唸ってしまう。

本書は、松竹映画を中心とする日本映画史の文脈からも寅さん成立の過程を紐解いている。寅さんに受け継がれる松竹の伝統=大船調の解説、そして、山田洋次が大船調の正統的な後継者であったことから、誰もが難色を示した企画『男はつらいよ』は経営者・城戸四郎のバックアップを受け映画化されたという松竹の台所事情。さらには、寅さんの原型でもある『馬鹿丸出し』『なつかしい風来坊』を取り上げながら、山田洋次の作家性にも鋭く言及していく。

膨大な映画知識に裏打ちされたマニアックな寅さん論が、流麗な文章で展開される本書はひたすらに楽しく、面白い。行間にびっちりとつまった著者の偏愛ぶりが、まことに微笑ましい気持ちにさせてくれる、幸せな一冊。映画評論家たるもの、かくありたいものである。

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