『寅さん大全』の名に違わず、映画『男はつらいよ』シリーズ、そして、その主役である車寅次郎について、微に入り細にわたり入念に調べ上げている一冊。
「主要登場人物」「人物相関図」「作品ポスターとあらすじ」「マドンナ略歴」「寅さんの商売品リスト」「寅さんの歌った歌リスト」「寅さんの旅行路リスト」など、このへんは基本中の基本ということでばっちりおさえているが、以下の通り、他の寅さん研究本にはない独自調査が本書の魅力である。
「寅さん愛と失恋の座標軸」
寅さんが経験した全ての失恋を[マドンナ残酷度⇔寅さん敵前逃亡度][保護者的愛⇔盲目的愛]の2軸マトリクスでマッピング。
この2軸でマッピングしてみると、第1作から第6作の失恋はすべて「マドンナ残酷度が高く」かつ「寅さんの盲目的愛が強い」ことがわかる。初期寅さんのフラれっぷりは実に豪快で、安定感がある。
「人相学でマドンナを分析」
人相学の観点から、全マドンナのお人柄を勝手に分析。
- 【第8作マドンナ・貴子=池内淳子】結婚したらカカア天下、後家の相。
- 【第9作マドンナ・歌子=吉永小百合】晩年運の良妻賢母型、夢多き女性。
- 【第11作マドンナ・リリー=浅丘ルリ子】激情家。奔放で型にはまらず華がある。
高島易断という占いのプロに、写真だけで架空人物の診断依頼をしてしまうあたり、この本はすこし様子がおかしい。
「寅さんの帰宅行動パターン」
寅さんのとらやへの帰宅パターンを徹底分析。シリーズには、以下8パターンの帰宅があるという。
- 「何も隠れない型」
- 「人に隠れ型」
- 「変装・モノ隠れ型」
- 「何も作為をしない型」
- 「事前電話型」
- 「人を利用型」
- 「女性がきっかけ型」
- 「ちょっと江戸屋立ち寄り型」
「雲龍型」「不知火型」の2パターンしかない相撲にくらべて、寅さんは相当芸が深い。しかし、よくもまあこんなことを思いついたものだ。
その他、元テキ屋による”テキ屋としての寅さん分析”、料理評論家・小林カツ代による”くるま屋の食卓分析”など、寅さんマニアも軽く唸る(呆れる?)ほどの追究調査が全編にわたり展開されている一冊。
本書の監修は、劇作家の井上ひさし。井上ひさしは、渥美清が男はつらいよでブレイクする以前に、浅草フランス座で一緒に仕事をしていたこともある。
この井上ひさしによる2本のエッセイ「男はつらいよに脱帽」「車寅次郎氏の言語運用」も本書の目玉。日本を代表する文章家がつづる「男はつらいよ」そして「寅さん」への賛辞は、これだけで一冊分のお金を払ってもいいほどの名文である。
本書は93年出版のため、調査対象は第45作まで。残念ながら絶版になっているが、ぜひ最終第48作までコンプリートした増補改訂版がほしいところ。
中古本であればamazonに多数流通しているので、われこそは寅さんマニアだ!という方には、ご自身の知識を確かめる意味でもおススメしたい一冊。