寅さんビギナー向けの「50周年&50作公開」記念のムック本
2019年7月22日に発売された、ぴあ株式会社による寅さんムック本。表紙に「祝! 50周年!」「寅さんの50年50作をプレイバック!」とあるように、寅さん50周年&第50作公開を記念して刊行された。
本書は、寅さんシリーズのビギナーを想定して編集されているようだ。男はつらいよシリーズの魅力、寅さんの家系図、寅さんのプロフィールやスタイル、葛飾柴又のお散歩ガイド、全45人のマドンナ紹介など、寅さんシリーズのガイドブックに定番の内容が収録されている。
ビギナーにとって嬉しいのは、別冊付録の「あらすじと見どころが一気にわかる!男はつらいよシリーズ全ガイド 映画1~49作+テレビ版」ではないだろうか。DVDケースと同じサイズの小冊子で、パラパラとページをめくれば、未見の作品やかつて観た作品を手軽に探しだすことができるだろう。
本の装丁は親しみやすく、それでいて、品も感じさせる丁寧なデザイン。ページの余白にはほぼ全ページにわたって寅さんの名言が掲載されている。寅さんビギナーを寅さん沼に引きずり込まんとする工夫、遊び心が随所にあるのが特徴だ。寅さんシリーズをお薦めしたい友人・知人へのプレゼントとしても良いのではないだろうか。
倍賞千恵子、前田吟、美保純ら、関係者インタビューが興味深い
さて、こういったムック本において、寅さんシリーズを見込んでいるマニアが真っ先にチェックするのが出演者・関係者へのインタビューである(私だけ?)。
こうした企画本ではじめてインタビューに登場する関係者──とりわけ、脇役や裏方スタッフなど──からシリーズの新たな情報が得られることは、意外に多いからである。
本書掲載のインタビューから個人的に興味深かった内容を以下にご紹介しよう。まずは主要出演者たちのインタビューから。
倍賞千恵子インタビュー
──(笑)今回は、寅さん、あるいは渥美さんを、どう意識して演じられたんでしょうか。
倍賞 なんかね……どっかにいると思ってたんだと思う……あたし。今回、柴又にひさしぶりに行ったとき、そして裏道を歩いていたときに、ふっとあの路地にいそう、って感じがあって。どっかこう、いなくなっていることを認めたくないのかなって。(中略)実際に具合悪くなって入院してるところを見てないから、どっかで認められないのね、自分の中で、きっと。
50周年! 男はつらいよ ぴあ/ぴあMOOK(25P)
前田吟インタビュー
──第1作のさくらさんに告白するシーンは、三十数回やりなおしをしたという有名な話がありますね。あれは、どういうところが難しかったんでしょうか?
前田 ああ、あれはよく覚えてます。普通の映画だと、いろんなエピソードを(中略)描きながら、あ、この子はさくらさんに惚れてるなっていう前哨戦があって、あそこ(告白シーン)に行くでしょ。あの博さんの場合は前哨戦なしだからね。(中略)博さんが北海道から出てきてあそこ(朝日印刷)で働き出してずーっと経験したことを、それこそ台詞の中に全部出さないといけないじゃないですか、すべてをね。そこから一気に結婚式までいっちゃうっていう。それはとても難しかったですね。
50周年! 男はつらいよ ぴあ/ぴあMOOK(28P)
美保純インタビュー
美保 (あけみ役での出演は)もうないと思ってましたから、うれしかったです。思い出そうとして(過去のシリーズを)観たんですけど……すごすぎたから、途中でやめました。若いパワーが、見れば見るほど。だから今回は、今の私で演じようと思いました。(中略)
──お父さんのタコ社長のキャラクターが入ってるような演技でもありましたね。
美保 そうなんです。血圧高くて血管にコレステロールが溜まってるタイプの演技にしました(笑)。ちゃんと老けるようにって。だからちょっと野暮ったいぐらいの厚化粧にしてみたんです(笑)。
50周年! 男はつらいよ ぴあ/ぴあMOOK(35P)
佐藤蛾次郎インタビュー
──渥美さんと初めて会われたときの印象は?
佐藤 俺みたいなペーペーでも偉そうにしないし、大事に扱ってくれた。かわいがってくれましたね。よく、六本木の高い寿司屋に連れて行ってくれましたよ。「おいしい寿司、食ったことないだろ」って。売れてる人って偉そうにするじゃない?「お前、それ芝居違うぞ」とか言う人もいるけど、渥美さんは一切言わない。
──映画版が始まってからの渥美さんの思い出については?
佐藤 後半のほうだな。「蛾次郎、タヒチ行こうか?」って言われたの。「お前とさくら、監督と俺と。4~5人で行こうか。俺、全部出してやるから行こうよ」って2週間ぐらいタヒチに行ったんですよ。楽しかった。みんな本当に喜んでた。監督もうれしそうにしていて、あんな監督見たことない。
50周年! 男はつらいよ ぴあ/ぴあMOOK(62P)
出川三男氏が語る、「男はつらいよ」セット撮影へのこだわり
裏方スタッフとしてインタビューに登場するのは、美術監督・出川三男氏、作曲家・山本純ノ介氏、『男はつらいよ』シリーズの4Kデジタル修復の指揮を取った松竹映像センターの五十嵐真氏の御三方。
個人的に興味深かったのは出川三男氏のインタビューだ。「男はつらいよ」は建物内のシーンはほとんどセットで撮影されているが、そのこだわりについて語られている。「男はつらいよ」の美術に関するこういったインタビュー記事はほとんどないので、貴重なものである。
出川三男氏インタビュー
──日本映画は70年代を境にセット主体から、ロケの比重が大きくなっていったと思うんですけど、山田監督はセットでの撮影にこだわっているんですね。
出川 きちんと芝居を撮りたいから。ロケーションだと、たとえば喫茶店を借りたら朝10時までとか、時間の制約がある。だからセットでじっくり撮りたいと。オフィスとか書店とかが出てくるときはロケーションに出ることもありますけど、芝居が大変なところはもう、全部セットです。
しかしセットは予算が大変だから。喫茶店だって半日借りて何万円だけど、セットを作ったら何百万。ステージ代が1日いくら、電気代がいくら、大道具や小道具など、いろいろかかるからね。ロケーションにしたほうが絶対、安いわけですよ。
──山田組はていねいな映画づくりをしている、と言われる所以のひとつですね。
出川 60年近くこの仕事した自分から見ても山田さんはすごい。(かつての)撮影所から続く基本的な映画づくりを唯一守っている。ウィーンロケの『寅次郎心の旅路』(1989年、第41作)ではスタッフ全員(ウィーンに)連れていった。普通外国ロケに行くのはメインスタッフだけなのに、小道具や僕の助手さんも(笑)。だから前代未聞。2週間ぐらいかな。若いスタッフたちにちゃんと「ロケーションはこういうもんだ」っていうのを見せようとしていたのかもしれない。
50周年! 男はつらいよ ぴあ/ぴあMOOK(85P-86P)
なお、本書は全ページフルカラーで、映画撮影中の写真や、パンフレット用のスチール写真が豊富に掲載されている。
絶妙な距離感を感じさせる渥美清と山田洋次監督のツーショット写真などもあり、写真集のようにパラパラとめくるだけでも楽しい一冊だ。寅さんビギナーに特にお薦めだが、シリーズを何周も見込んでいるようなマニアも一読の価値はある。