本書「渥美清 役者もつらいよ」は演劇評論家の吉岡範明氏の著作。原本は昭和52年(1977年)に出版されていたが、渥美清の逝去にともない多少の加筆がなされて1996年に再出版された。
本書のベースになっているのは、1976年1月から同年5月にかけて、週刊誌「サンデー毎日」に連載された渥美清の告白的半生記連載「渥美清のフーテン旅日記」だ。渥美清が自らの生い立ちを語るこの連載は読者からの評判が上々で、もともと10回で完結する予定が全17回に延長されたという。
連載終了後、出版社は連載を一冊の本にすることを提案したが、渥美清は「僕は、役者が仕事で作家じゃありませんから勘弁してくださいよ」(2P)と提案を断ったという。渥美清の貴重な半生記がこのまま埋もれてしまうことを惜しんだ吉岡氏は、取材内容をベースに新たな書き下ろしを行うことを条件に渥美清の承諾を得た。こうして出版されたのが本書である。
当時、渥美清は週刊誌の連載企画に非常に乗り気だったようで、「どうせ、やるのなら寅さん映画に負けない面白い連載記事にしましょうや。僕も一生懸命、協力しますから…」(2P)と吉岡氏に話したという。取材中の渥美清は、時折椅子から立ち上がって身振り手振りを加えて熱弁するなど、天才的な話術でさまざまなエピソードを面白おかしく話したという。
本書は渥美清の少年時代から始まる。昭和3年(1928年)生まれの彼にとって、やはり戦争は人生に大きな影響を与えた出来事だったようだ。渥美が中学生になる頃に日本は太平洋戦争に突入。彼は当時の多くの少年と同様に軍需工場に務め、そこで初恋をした。やがて日本が終戦を迎えると、今度は混沌とした上野の町を根城に、地方で仕入れたヤミ米を高値で売りさばく「かつぎ屋」という闇商売に手を出す。本書は戦中・戦後を生きた少年・青年の目線から当時の日本社会を描くルポルタージュとしても大変興味深い。
渥美清のコメントが「……でございますよ」と寅さん口調に脚色されているのが大変惜しいが、渥美が繰りだす比喩や表現はウワサに聞く通りの面白さで、当時の取材録音テープが現存していたら……と夢想してしまう。渥美清の半生、そして『男はつらいよ』誕生の秘話まで気楽に楽しめる一冊だ。話術の天才とよばれた渥美清の語り(の雰囲気)を知りたい方にはおススメの一冊である。
なお、冒頭に紹介した渥美清の週刊誌連載は、彼の死後に当時の連載記事をそのまま集成する形で「新装版 渥美清 わがフーテン人生」(毎日新聞出版)として出版された。この「新装版 渥美清 わがフーテン人生」と、本記事で紹介した「渥美清 役者もつらいよ」は、どちらも吉岡氏が渥美清へのインタビューをベースに書き上げているため内容の大部分が重複している。しかし、前者が渥美清の寅さん風一人語りスタイルであるのに対し、後者は吉岡氏による第三者視点のルポルタージュとなっており、印象は大きく異なる。後者には吉岡氏が独自取材した補足情報なども加えられているため、渥美清の半生記としては若干厚みを増している。

