著者は真言宗智山派桂松院の副住職であるお坊さん。「仏教」の視点から映画『男はつらいよ』を読み解くというコンセプトの一冊である。
各章のタイトルには「諦め」「縁起」「空観」「説法」「慈悲」「彼岸」「中道」「布施」「智慧」「懺悔」など仏教用語が並ぶ。それぞれの用語について、寅さん劇中の行動を引用しながら仏陀の教えを説いていくスタイルで本書は進行する。
著者によると、仏教的視点から車寅次郎という男を分析すれば、寅さんは「慈悲」の心に溢れた男ということになる。「慈悲」とは、見返りを求めず相手を絶対的にいとおしむ心のこと。
たとえば寅さんは、金を騙し取られた芸者ぼたんのために、国宝級の日本画家・青観にぼたんのための絵を書いてくれと直訴する。自分のことを顧みず人助けをしようとするこの行動こそが、著者によれば「慈悲の極み」なのだという。
それでは、寅さんは悟りに近い立派な人間なのかというと、キッパリ、そうではないと筆者は断言する。
当人は元々「偉い兄貴」になれる素質のない「根無し草」であって堅気にはなれぬのだから、自分流の悟りですら手が届かない。まして惚れた腫れたの恋する「困った気持ち」に誘発される煩悩も断てぬのだから、真の「悟り」など遥かに望むべくもない。
『寅さんと仏教』/横山秀樹 (333p)
なんとも手厳しい評価であるが、劇中で御前様もいうように「煩悩が背広を着て歩いているような男」、それが寅さんなのである。
『男はつらいよ』劇中の引用が延々と続くため、仏陀の教えをはじめ、筆者の伝えたいことがややぼやけてしまっている印象だが、筆者の寅さん愛は十分に伝わってくる一冊である(というか、それこそが本当に伝えたかったことなのだろうと思う)。