『チャップリンの笑い 寅さんの笑い』。かなり興味のそそられるタイトルだが、チャップリンと渥美清を比較する芸論といった類の書籍ではない。
「日本民謡の会」編集というクレジットからも推測できるように、本書の8割ほどは日本各地に伝わる民話など、口承文芸の物語で占められている。民話と現代の笑いを比較する、ということで寅さんやチャップリンが担ぎだされているものの、言及されているページ数はごくわずか。タイトル通りの内容を期待すると肩透かしを食らうだろう。
しかし、本書は『男はつらいよ』シリーズの笑いの質を理解する上で、極めて重要な示唆に富んでいる。
『男はつらいよ』の笑いについて、原作者・山田洋次と、日本福祉大学教授の嶋田豊が書き下ろしを寄せており、「寅さんの笑いとは、共感の笑いである」ということで、二人の意見はおおよそ一致している。
寅さんの行動──美しい女性に出会うと途端に態度が豹変する、”自分のメロンが無い!”と本気で怒る、自分を知的に見せようと似合わない伊達メガネをかける──は、多少なりとも私たちの身にも覚えがあることばかり。
私たちは寅さんのことを「バカだねえ!」と笑ってはいるが、寅さんは観客一人一人の中にある、欲望、見栄、ズルさなどを誇張して見せている道化的存在であって、彼を笑うということは、結局モデルになっている自分自身を笑うことに他ならない。
ワハハ!と笑いながらも、そのおかしさの根本には、自分自身を照れ臭く笑うような恥ずかしさ、つまり共感がある。これこそが、諷刺の笑いとも、視覚的な動きの笑いとも、劣視からくる優越感の笑いとも違う、共感の笑いというものなのだ。
この共感の笑いは、人間の根本が変わらないかぎり普遍的に成立するものであり、『男はつらいよ』初期作品を見てもいまだに笑えるのは、この笑いの質にこそ秘訣があったのだと本書を読んで考えた次第。
さて。冒頭にも記した通り、寅さんの笑いに言及されている箇所は全体の2割弱程度。その点を承知の上であれば、寅さんマニアにはおすすめできる一冊。特に、山田洋次の書き下ろしは要チェックである。