劇中の寅さんは実によく人助けをする。道ばたでゲタの鼻緒が切れて困っている老人がいれば、手持ちの手ぬぐいをサーッと引き裂き、たちまち見事な応急処置を施す。
その鮮やかな所作はいささか現実離れしている感もあるが、自然な立ち居振る舞い、人助けが完了すれば「あばよ」と去ってゆく格好良さに、憧れる人も多いだろう。
本書は、そんな寅さんの行動に人助けの心構えを学び、人生を豊かにしようと提唱する本である。筆者は筑波大学教授でもある現役のカウンセラー。カウンセリングのプロから見た、寅さんの人助け解説本とも言える。
筆者は、カウンセラーとしての寅さんに憧れを抱いているといい、寅さんのカウンセラー的な資質をまとめた第2章は、寅さんを深く理解する上で興味深い章となっている。
まず、寅さんの人助けは、旅先という非日常の場において、旅人というフーテンな立場から行われる。援助される人にとって寅さんは利害関係のない赤の他人であるから、自分の立場や弱みから開放されて、心の内を正直に打ち明けやすい人物なのだ。
また、寅さんは職業、年齢、性別、能力などで相手の価値を判定することがない。心に傷を負い、自尊心を保てずにいる人にとって、ありのままの自分を受け入れてくれる寅さんのような存在は貴重であるといえる。
おまけに、「金はないけど暇ならある」と公言するほど、寅さんには豊富な時間がある。時間の制限なく、相手の悩みにじっくりと付き合うことができるわけで、悩みを持つ人にとって、これほどおあつらえ向きな人物もそうそういないのである。
寅さんのカウンセラーとしての適性にはなるほどと納得させられるが、読者の大多数は、行きずりの旅人でもなく、ありあまるヒマを有しているわけでもない。寅さんの行動をそのまま真似ることはなかなか難しいが、本書の最終章には「やわらかく生きるための6つのレッスン」としてノウハウ的な章がある。この章の内容を日常生活に活かす努力をすれば、我々もいつかは寅さんのような人助けの達人になれるのかもしれない。
『男はつらいよ』あるいは寅さんをより深く理解するための、映画解説本、副読本として、新しい発見のある興味深い一冊だった。