山田洋次監督と教育者・田中孝彦による対談本。『男はつらいよ』の世界を引き合いにしながら、山田洋次の考える理想の地域論と教育現場の現状が展開されている。
『寅さんの人間論』と銘打ってはあるが、表紙イラストのように寅さんが語る人間論が書いてあるわけではない。寅さんが関係するのは第42作『男はつらいよぼくの伯父さん』をネタに対談がスタートしている箇所くらいである。ぶっちゃけ、本書は寅さんのキャラクターとほとんど関係がない。しかし、『男はつらいよ』をただの娯楽映画以上により深く理解したいと思う人にはおすすめできる本だ。
第42作『ぼくの伯父さん』では、寅さんの甥っ子・光男はガールフレンドである泉を慰めるため両親に内緒で家出をする。紆余曲折を経て満男は旅先から帰ってくるが、満男を出迎える家族、そしてご近所さんたちの反応に、山田洋次が考える地域や教育の理想型がある。
家出した満男を父親である博きちんと叱ってやらなければならない。しかし、親から叱られた満男はそれを「受け入れる」か「反発する」かの二択しか許されない。作品では、博のまわりにいる大人たちが「男は家出するくらいがちょうどいいんだ」と満男の行為を褒めたり、あるいは「博はとても心配していたんだぞ?」と第三者が親の気持ちを代弁する。このように、両親以外の大人たちが両親とは違う形で子供と接することで、満男は自分のとった行動とその影響をさまざまな視点からより深く理解できるようになるという。
都会では、このような地域のご近所さんを持たず、両親と子供だけの核家族で暮らしているケースが多い。しかも、サラリーマンである父親は帰りが遅く、家族全員がふれあえる時間も少ない。こうした中で、多様性をもった子供を育てるためには、子供の模索や自立を助ける家族以外の人間関係、つまり都市であれば学校がその立場を担わざるを得ないわけである。
こうして、学校には多様性のある人間関係を経験させる場としての機能が求められつつあるが、その変化に父兄も学校もうまく対応ができず、お互いが「家庭での子育て悪い」「先生の質が低い」といがみあいをしているのが現状だと本書は指摘している。
寅さんと柴又帝釈天のご近所さんが、満男という青年の成長を暖かく見守る『男はつらいよぼくの伯父さん』。この作品には、山田洋次の考える理想のコミュニティ、地域の姿が描かれている。
そのような視点をふまえてもう一度『ぼくの伯父さん』を見れば、作品をまた別の角度から味わうことができるのかもしれない。