週刊文春の特派記者、いわゆる「トップ屋」として活躍していた、フリージャーナリスト大下英治による渥美清本。
「トップ屋」とは、週刊誌の巻頭を飾るようなスクープ記事をすっぱ抜く、エース級のライターのこと。大下は10数年在籍した文春時代に圧倒的な取材量で数々のスクープをものにし、その後は作家として独立。石原裕次郎、美空ひばり、松田優作ら、昭和スターの人物評伝を数多く著している。
さすが元「トップ屋」だけあって、本書巻末には大量の参考資料が並ぶ。その中には60~70年代の週刊誌・月刊誌が多く、渥美清に関わることならどんなネタでも漏らさず拾うというスタンスで、相当な下調べが行われたに違いない。
渥美清の人物評伝では、小林信彦著『おかしな男』が抜きんでているが、あの作品は著者自身の渥美清との交遊体験を元に「見聞きしたことだけを書く」「新たな取材はしない」というスタンスで執筆されていた。
大下英治による本書はアプローチがまったく異なる。徹底した関係者取材と資料調査から拾い上げた事実を、ドラマチックに読ませるライティングによって小説風に仕上げている。「長編ドキュメント・ノベル」と銘打たれた通りの作品印象だ。
特長は、前述の小林信彦著『おかしな男』では取り上げられなかった(あるいは軽い言及のみだった)事実や関係者についても、紙数を多く割いている点だろう。
ざっとキーワードをあげると、「朝丘雪路」「佐藤蛾次郎」「高羽哲夫」「財津一郎」「池内淳子」「早坂暁」「桃井かおり」「パンシロンのCM」「泣いてたまるか」「放蕩一代息子」「あにいもうと」「田舎刑事」「幼少期の家庭環境」「母親・田所多津」「正子夫人」「長男・健太郎」などが挙げられる。
前述の通り、元々の情報源に小説的な味付けがされているため、事実がどこまで脚色されているかは定かではない。しかし、渥美清の仕事についてはほぼ網羅されており、彼の全キャリアを知りたい人にはぴったりの作品だろう。
小林信彦著『おかしな男』が、主観的・実感的な人物評伝だとすれば、本書は客観的事実の積み上げにより完成した、小説風の人物評伝。2冊を併せ読むことで、渥美清の人生、キャリアの主要事実をほとんど知ることができると思う。