『渥美清 役者もつらいよ』/吉岡範明

現在もつづく週刊誌「サンデー毎日」。昭和51年の新年第1号では「渥美清のフーテン旅日記」という連載がスタートしていた。

『男はつらいよ』でいうと第16作『葛飾立志篇』の頃。連載は、渥美清自身が自ら語る「告白的半生記」という触れ込みで始まったらしい。

渥美清は若干のエッセイなどは残しているが、自叙伝のたぐいは一切発表していない。誕生から『男はつらいよ』の成功まで、本人が自ら語るものをベースに書籍化されているのは本書くらいかもしれない。

談話が「……でございますよ」と寅さん口調に脚色されているのが大変惜しいが、渥美が繰りだす比喩や表現はウワサに聞く通りの面白さで、当時の録音テープが現存していたら……と夢想してしまう。

渥美清は終戦後、いっときは運び屋などのヤミ仕事に手を染め、上野界隈のテキ屋とつるむようになるが、この頃に知り合ったテキ屋たちの描写がめっぽう面白い。”バサ”、”ハズミ”、”こまし”、”ニガモノ”と、テキ屋のタイプごとに、当時熱心に覚えた口上を諳んじてみせるが、このくだりは寅さんファンなら必読。その中には劇中でおなじみの売り文句もあり、寅さんの口上は、テキ屋たちのリアル口上の集大成であることが偲ばれる。

そしてこの経験が、後の「フーテンの寅」誕生に大きく関係してくるのだから人生は面白い。渥美清は主演ドラマ製作のための打ち合わせで、山田洋次相手に、テキ屋の思い出を抱腹絶倒の独演として語ったところ、数日後には「葛飾柴又、帝釈天参道に”とらや”という古いだんご屋があり、そこにテキ屋を稼業とする車寅次郎という男が帰ってくる……」と、おなじみの男はつらいよの設定が出来上がっていたという。

「あの雑談がこういう素晴らしいものに化けるとは」。渥美清は山田洋次の才能に心底感心したと語っている。

渥美清の半生、そして『男はつらいよ』誕生の秘話まで気楽に楽しめる一冊。話術の天才とよばれた渥美清の語り(の雰囲気)を知りたい方にはおススメの一冊。

      2016/05/31

 - 男はつらいよ書籍紹介