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『渥美清の肘突き』/福田陽一郎

『寺内貫太郎一家』『時間ですよ』などの脚本で知られるTVプロデューサー福田陽一郎による自伝。植木等、夏目雅子、黒柳徹子ら、日本芸能史における重要人物との交流や、テレビ黎明期の貴重なエピソードがつづられている。

タイトルはズバリ『渥美清の肘突き』。もちろん渥美清との親交もふんだんに語られている。

著者は渥美清と二人で舞台を観ていると、開始から15分が過ぎた頃、となりの渥美から無言の肘突きをされることがある。「面白くないから外へ出よう」の意思表示であり、これがタイトルの由来でもある『渥美清の肘突き』である。渥美曰く、

「最初の十五分でお客を舞台に引っ張り込めなければダメだろう?余程のことがなけりゃ後はしれてるよ。」

『渥美清の肘突き』/福田陽一郎 (294p)

その後は二人で食事をしながら雑談するのが決まりで、福田はこの雑談の方が舞台よりも数倍面白かったと振り返る。時には、男はつらいよマドンナ女優たちもその雑談対象で、渥美は彼女たちの演技と役作りの様子を身振り手振りつきでモノマネすることもあったという(見たい!)。

著者と渥美清の出会いは1958年。渥美清と植木等による二人だけのナンセンスコント(これも見たい!)の演出が初仕事だった。本書にはその貴重な脚本の一部も収録されている。

その後も福田と渥美の仕事は続き、福田原作のドラマ『四重奏』に主演した渥美は、本番中に共演者の急所をいきなり握る(!)などの奇行を見せたという。防御のため、演者全員が股間にヘルメットをしたまま芝居をしていたというのも、テレビ黎明期らしい奔放なエピソードである。

印象的なのは、後年の『男はつらいよ』車寅次郎の誕生にも繋がるであろう、渥美清による大独演会エピソード。ある夜、『拝啓天皇陛下様』の収録を終えた渥美清は、福田も参加する仕事仲間の座談会に参加をした。すぐに座談の中心となった渥美は、話題を次第に浅草へと移し、何をやらせても失敗ばかりしてしまうテキ屋の男を主人公とする独演会を始める。

いきなり啖呵売のセリフを30分間(!)も淀みなく続けたかと思えば、主人公のテキ屋から、親分、兄貴分、姐さんと、一人で何役も瞬時に切り替えながら、人情話まで含んだ一人芝居を演じたという。その場にいる全員が大爆笑だった独演会はなんと深夜1時から早朝5時まで続いた。

独演会が終わると誰もが「この話をどうして映画やテレビでやらないのか?」と尋ねたが、渥美は「そうかね、受けるかねえ?」と、まるで周囲の反応を確かめているような受け答えをしていたという。この夜の出来事は『拝啓天皇陛下様』撮影時とあるから、おそらく1963年のこと。

本書のエピソードではないが、渥美の抱腹絶倒の独演は、この5年後の1968年、渥美清主演ドラマの脚本を書くために面談した山田洋次相手にも披露される。そして、渥美清が演じたテキ屋の男は、山田洋次の手によって車寅次郎というキャラクターに姿を変え、後の『男はつらいよ』が誕生することになる。

著者・福田陽一郎は、本書の出版から2年後の2010年4月に他界する。少年時代の敗戦当日の思い出からはじまるこの本は、死期を察した福田による、辞世の自叙伝ともいえるだろう。渥美清をはじめ、昭和のスターたちがいきいきと輝く姿が鮮やかに描かれている好著である。

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