『男はつらいよ 推敲の謎』/杉下元明

『男はつらいよ』の完成版脚本と準備段階における脚本にはどのような違うがあるのか?それらを全48作ひとつひとつ検証しながら探っていくのが本書である。

『男はつらいよ』の脚本は、決定稿に至るまで「原案」「準備稿」「シノプシス・梗概(あらすじ)」と複数のものが残されている。これら準備段階のものと、決定稿の違いを比較することで、ストーリーやセリフがどのように練り上げられたのか、その過程を追いかけていくという本である。

検証に利用される未完成の脚本は、松竹が創立した松竹大谷図書館の蔵書を元にしている。松竹大谷図書館は、映画はもちろん、演劇、日本舞踊、テレビ等に関する台本・文献・雑誌・写真・プログラム・ポスター等の資料を収蔵する図書館。所蔵資料数はなんと43万点。一般人も利用可で、蔵書をコピー(有料)することもできるため、一線を超えてしまった寅さんマニアは一度行っておくべき聖地かもしれない。

さて、本書で取り上げられている決定稿と準備稿の違いの中で、興味深いものを引用しよう。

第30作『花も嵐も寅次郎』。この作品で寅さんは、恋愛ベタの青年・三郎(沢田研二)から、恋の手ほどきをしてほしいと頼まれる。三郎青年から「あなたは恋をしたことがあるんですか?」と問われた寅さんは、準備段階の脚本においてはこう答えている。

「俺の人生から恋を取っちまったら何が残ると思う?ただ飯を食って屁をたれるだけのうすみっともない獣よ」

このセリフが、映画完成版では下記のように変更されるのだ。

「俺から恋を取ってしまったら何が残るんだ。三度三度飯を食って屁をこいて糞をたれる機械。つまりは造糞機だよ。」

日本言語史上稀に見る「造糞機」という破壊力抜群の単語がここに生まれるのである。この特異な言語センスはおそらく渥美清のものであり、彼のアドリブによって脚本がこのように変更されたのではないかと私は考えている。

本書において残念なのは、脚本の違いを列挙するだけにとどまり、タイトルにある「推敲の謎」に迫るような考察はほとんどないこと。『男はつらいよ』の脚本のつくり方、ストーリーライティングを期待して本書を手にとっても、おそらくは期待はずれとなるだろう。

完全なる寅さんマニア向けの一冊。カタギの方にはオススメしない。

      2016/05/31

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