寅さんファンに聞く「寅さんとわたし」第6回~芥川賞受賞作家・滝口悠生さんの巻(前篇)

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小説家・滝口悠生さんは、2011年の処女作『楽器』で新潮新人賞小説部門を受賞。このデビュー作は川上未映子、大森望、豊﨑由美ら名だたる作家、評論家たちに絶賛され、現在、日本の純文学界において大きな注目を集めている新人作家です。

2015年1月に刊行された最新作『愛と人生』は、映画「男はつらいよ」をモチーフにした異色の純文学作品であり、作中には熱狂的な寅さんファンもうならせる「男はつらいよ」論が展開されています。

圧倒的な描写力により、映画とはまた別の感慨をもたらす『愛と人生』は、滝口さんのどのような寅さん体験を元にして生まれたのか、うかがってみたいと思います。

取材日:2015年4月7日

2015年11月1日追記:
『愛と人生』が第37回野間文芸新人賞を受賞しました!

2016年1月19日追記:
滝口悠生さんが第154回芥川賞を受賞しました!(受賞作『死んでいない者』)

「寅さん小説」に山田洋次監督から直々に感想をいただく

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『愛と人生』の反応はいかがでしたか?

おかげさまでいろいろな方に書評をいただきました。寅さん好きという方からのリアクションは案外少なくて、作品をきっかけに初めて寅さんを見たという方がほとんどでしたね。

寅さん好きだけに向けて書いた作品ではないし、とてもありがたいんですけど、意外にみんな寅さんを見てないんだなと(笑)。

寅さん映画を見たことがない方の反応は、どんなものでしたか?

寅さんのディテールについてはみなさん元を知らないので、「そういうものなんだ」と読んでくれているみたいです。

作品を書くにあたってはマニアックになりすぎないよう気をつけながら、でも、マニアックな情報はちゃんとマニアックであることが伝わるよう意識的に細部を書いてます。自分には興味がなくても、ある分野についてものすごく細かく知っている人の話って面白いと思うので、そういう風に読んでいただければいいかなと。

3代目おいちゃん・下條正巳に言及する作品論はとても鋭いと思いました。

あのあたりは、僕も下條正巳がシリーズに与えた功績っていうのをちゃんと認識しながら映画を見ていたわけではなくて。小説を書くにあたって、自分はこういう風に「男はつらいよ」を見ていたんだ、というのを規定しながら書いていったという感じです。対象についてぼんやりしたまま書くってすごく難しいことなので。

本の帯に「山田洋次監督も共感」とありますが、監督はどんな感想を?

作品を発表する前に、講談社を通して山田洋次監督にゲラを送って、掲載許可のお伺いを立てたんです。それに対してわざわざハガキでお返事をいただいて、掲載のお許しと「面白い作品ですね」という感想をいただきました。

帯のコピーはその言葉を拝借していて、「絶賛」とまではいかないけど「共感」なら書いていいんじゃないかと(笑)。
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寅さんはちょっと傷んでるくらいのVHSで見るのがいい

滝口さんが初めて寅さんを見たのはいつ頃でしたか?

小学生の頃、父親が寅さん好きだったので、テレビ放送を録画したビデオをよく一緒に見てました。子供の頃に家の中で流れているものって、子供としてはそのまま受け入れるしかなくて、「流れているくらいだからきっと面白いんだろう」と思っていました。実際、見てるうちに面白くなってきましたけど、子供の頃はその面白さに意識的だったわけではないですね。

寅さんを意識的に、自発的に見だしたのは?

20歳過ぎぐらいですね。僕は高校を出てから5年くらいフリーターをしていて、物書きになりたいと思いつつ具体的に何をするわけでもなくフラフラしてたんです。その状態、境遇と、寅さんの生き方、考え方、世界の見方みたいなものがたぶん重なったんでしょうね。見始めたら面白くなって、繰り返し見てました。

改めて見た寅さんはいかがでしたか?

面白かったですね。「あれ?結構いいんじゃない?凄いんじゃない?」みたいな。

社会と関わるようになってから寅さんを見ると、フィクションとはいえ、現実的な世界にああいう人間がいることの“凄み”みたいなものが実はあるなと。そういう再発見があって、一気に敬意というか、そういう対象として寅さんの生き方が見えてきましたね。

それから全作品を順番にご覧になったのですか?

当時、まだ父親の録画したVHSが残ってたんですよ。それを週3、4日くらいのペースで「今日はこれ」「次はこれ」ってローテーションを組んで見て(笑)。テレビでやってない回とか、テープがダメになってしまって見られない回もあったので、ブランクもあるんですけど。

テレビ放送を録画したVHSならではの鑑賞体験ですね。

そう。あと、僕はDVDがダメなんですよ、画質がキレイすぎて(笑)。僕にとってはVHSテープの、ちょっと傷んでるぐらいの感じで寅さんを見るのがベスト。何回も見てるとだんだんCMに入るタイミングもつかめてきますから(笑)。

いまだに「寅さんVHS全巻セット」で鑑賞する

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たとえば音楽だと、このミュージシャンはレコードで聞きたい、このスピーカーで楽しみたいっていうのがあると思うんです。作品を受容する環境や条件って、体験にものすごく影響するじゃないですか。そこってあんまり問われないけど、実は重要なんじゃないかと。

寅さんはきっと受容の仕方がいろいろあると思うんですよね。僕らよりずっと上の世代は映画館の空気の中で見ただろうし、地上波テレビでリアルタイムにぼんやり見るのがいいっていう人もいるし、DVDがいいという人も当然いる。僕みたいにVHSがもうビヨビヨになってて「うちのビデオだとこの場面でザーってノイズが入る」みたいな見方もあるし(笑)。

そういう受容の体験って、寅さんに限らず僕のすごく興味のあるところで。どう聞くか、どう見るかって、実はあなどれない大事な要素だと思います。そのへんのことも本当は小説に書きたかったけど、そこまでやると完全な個人史になっちゃうんで(笑)。

VHS鑑賞は、このご時世なかなかできないですよね。

ええ。でも僕はいまだにVHSで寅さん見てますよ。巨大な宝箱みたいな寅さんVHS全巻セットってご存じですか?それが家にあって(笑)。

ある日、家に帰ったらえらい巨大な荷物が届いてて、妻宛ての荷物だったからほっといたんですけど、実はそれ僕へのプレゼントだったんです(笑)。僕がVHSがいいっていうのを妻はちゃんとわかってたんです。うれしかったですね。

マイ・ベストは第25作『寅次郎ハイビスカスの花』

滝口さんの一番好きなシリーズ作品を教えてください。

うーん、どの作品が一番かっていうのは難しいですよね。「今ならこの作品が好き」っていう風にタイミングによって変わるし、人にお薦め作品を聞かれて「初めて寅さんを見るならこれ」っていうのもあるし。

初めて見るなら『寅次郎夕焼け小焼け』(第17作)を薦めてます。個人的に好きな作品でいくと『夕焼け小焼け』『望郷篇』(第5作)『寅次郎夢枕』(第10作)かなあ。うーん、でも一番すごいなと思うのは『ハイビスカスの花』。一つあげるならあの作品かもしれないです。

なぜ『ハイビスカスの花』なのでしょう?

まず、寅さんとは関係ないですけど、沖縄のあの雰囲気。沖縄の町や畑、風俗描写みたいなものがすごくいいなあって。あとは、病気のリリーを沖縄に訪ねて行く寅さんのエピソードもいいですし、途中水族館の女の子との意味わかんない恋とかもあって(笑)。

トピックは多いんだけど盛り込み過ぎというわけでもなく、最終作への大いなる布石として見ることもできるという。あの情報量の多さがすごく好きですね。

あとねえ、映画の冒頭で、博さんが町を歩いているリリーさんを見かけるじゃないですか。あの時のリリーさんの……

もしかして、リリーさんが着てるヘンな服ですか?

そう!あのピタピタラメラメの服!最高ですよね(爆笑)。あの小話的なところもすごく好きです。

たしかあの町は小岩だったと思うんですけど、小岩のガチャガチャした風景から沖縄に行く振れ幅の大きさ、多様さ。だから非常にあの作品は好きですね。

時間と空間が圧縮される、旅先の風景描写シーン

シリーズの中で好きなシーンはありますか?

どの作品ってわけじゃないんですけど、寅さんが柴又に帰ってきて、ケンカして、また出ていきますよね?テレビだとだいたいここでCMが入るんですけど(笑)。そのCM明けに、旅先の風景描写とBGMとしてクラシック音楽が重なるシーン、あそこが特に好きですね。

マニアックですねえ(笑)。なぜあのシーンが好きなのですか?

映画の中で、寅さんが柴又を出てから旅先に着くまでの旅程って一切描かれてないと思うんですよ。でも、絶対電車で移動しているはずだし、ケンカのことを反省してるかもしれないし、まだ怒ってるかもしれないし。一方のとらやでも、その晩や翌日にどういう会話や時間が流れているのかって、一切描かれないじゃないですか。

要はあのシーンで時間と空間がぎゅっと圧縮されて、その圧縮の代替として風景描写があり、そこにおそらく山田監督が好きなだけのクラシックが重ねあわされるっていう(笑)。あのシーンにはいろいろなことを思わずにはいられないですよね。特に、寅さんシリーズを見込んでいる者としては、あの風景にすらいろんなものがフィードバックしてくるというか。寅さんをよくよく見返すようになってから好きなったシーンですね。あれって実はとても重要なシーンなんじゃないかと。

シリーズの中であれだけのバリエーションを描きながらも、旅先に向かう途中を一切描かなかった、それを48作で貫徹しているのは何かしらではあると思いますよね。

「男はつらいよ」一番の魅力は、問答無用のボリューム

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最後に、寅さんの魅力についてうかがいます。

うーん……難しいですけど……。ボリュームですかね。魅力と聞かれてボリュームっていうのも変ですけど、シリーズが48作もあるっていうのはすごく大きいと思うんですよ。

人も、場所も、出来事も、ぎゅっとまとめたらだいたい同じことが繰り返されている作品の中で、ほんの少しだけ微妙に違ういろいろなバリエーションが、あれだけのボリュームで変奏されているっていうのがすごいと思うんですよ。

人の毎日や、人生とかも、そういう風に同じことの繰り返しだったり、ちょっとずつ変わっていくことの積み重ねだと思うんですけど、わざわざあれだけの歳月と労力をかけて、同じことが48回も繰り返されていることの貴重さ、異常さ。でもその異常さが決して人事ではなくて、わが身に迫ってくるという。

どれか一作を見れば、あるいは、最初か最後の作品を見ればすべてがわかる、ということがない。あれだけの作品数とバリエーションがあるっていうのが、問答無用に大きいですよね。

ちなみに、寅さんVHS全巻セットをプレゼントしてくれた奥さまも、寅さん好きですか?

奥さんは一緒に見てくれますけど、完全に付き合いですね、ハマりはしないです。どっちかというとヤキモキしながら見てますね、「なんでこの人いつもこうなの」って(笑)。寅さんはそういう視点で見たらよくないですよね、そうすると面白くない。ダメな人には全然ダメですよね。

私の妻もまったく一緒です。「またこのパターン?」みたいな。

「はい、またこのパターンですけど?」みたいな。ははは。まったく一緒ですね。

第7回につづく

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      2016/06/13

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