ゴスペラーズ『永遠(とわ)に 』をはじめ、鈴木雅之、髙橋真梨子ら名だたるミュージシャンに楽曲提供を行っているピアニスト・作曲家の妹尾 武(せのお たけし)さん。
妹尾さんは、港から港へと旅する寅さんに影響を受け、「港めぐりツアー」というコンサートツアーを開催してしまうほどの寅さんファン。5月13日からはじまる2017ツアーを前に、『男はつらいよ』の魅力をたっぷりと語っていただきました。
(取材日:2017年3月22日 取材場所:ピアノスタジオノア)
「港めぐりツアー」のコンセプトは“フーテンのピアノ弾き、港へ行く”

──妹尾さんが毎年開催している「港めぐりツアー」は、寅さんの影響で始められたとか。
寅さんの影響はかなりありますね。もし僕がコンサートをやるなら、寅さんの啖呵売みたいにお客さんと対話をしながら、みんなで小旅行気分を味わえるようなコンサートをやりたいと前から思っていたんです。
だから、会場もいわゆるコンサートホールではなく、寅さんが出没しそうな港の近くでロケーションを楽しめる会場を選んでいますし、演奏もお客さんのすぐそばでスピーカーを介さず生音で楽しめるようにしています。当日のリクエストで演奏曲を決めたり、お客さんにピアノで3音弾いてもらってその3音を使った即興曲を作ったりとか、その日だけのお楽しみもいろいろ用意しているんですよ。
まさに寅さんのように身ひとつで、港から港、ピアノからピアノへの旅ですね。「フーテンのピアノ弾き、港へ行く」という感じでコンサートをずっと続けています。
作り物ではない “天然ノスタルジック”が「男はつらいよ」の魅力
──妹尾さんが『男はつらいよ』を初めて見たのはいつ頃ですか?
小さい頃、最初はテレビでした。毎回寅さんの夢からはじまるパターンが衝撃的で、あはは!と笑っていたら急にしんみりさせられたりとか、いろんなものが詰まった楽しい映画だなと子供心に思っていました。
両親と映画館で見ることもありました。隣の人同士がおしゃべりをして、大声で笑って、ジュース飲んだりして、映画が終わると床にポップコーンが散乱してるとか。そういう生活感のある環境で寅さんを見て育つうちに、気がついたら寅さんが大好きな映画の1つになっていたんです。
僕は『男はつらいよ』第1作と同じ1969年生まれなので、初期寅さんの風景とか、家電製品、ファッションなんかは非常にノスタルジックで、今見ると本当に楽しいし、懐かしいですね。風鈴の音、打ち水とかの江戸文化もさり気なく入っていて、あの映画の作り物ではない“天然ノスタルジック”な感じが大好きです。
曲作りに行き詰まったら寅さんを見る。「男はつらいよ」は僕にとっての栄養剤

──プロフィールには「男はつらいよ全48作品を所持」とありますが、これはどのようにコレクションされたのですか?
寅さんが全作品入っている「寅んく」というDVDボックスセットがあるんです。腹巻き、お守り、ミニポスターなんかも入って結構いい値段したんですけど、自分への誕生日プレゼントに思い切って大人買いしました。

なんといってもパッケージがあの寅さんのトランクですから、ファンならやっぱり手を出したくなるじゃないですか。でも実際には「トランクとしては使用しないでください」って書いてあるんですよ(笑)。使っても保証はしないぞ?みたいな。
──どんな時に寅さんをご覧になりますか?
山田洋次さんが創り上げてきた世界観って僕のDNAに刻みこまれていて、曲作りの原点でもあるんですよね。だから、作曲に行き詰ったら寅さんを見て原点に帰るんです。僕にとっては栄養剤みたいなものですね。
だからいつでも見られるように全作揃えたんですけど、誰かに貸したりしているうちに3作くらい無くなっちゃったんですよ。もしこのインタビューをご覧の方で思い当たるフシがある人は直ちに返してください(笑)。
神戸の震災跡地を撮影した、寅さん最終作のラストシーンが感慨深い

──妹尾さんのおすすめ作品を教えてください。
僕は基本的に1作目(「男はつらいよ」)ですね。いい加減よく飽きないなと自分でも思うんですけど、毎年お正月には必ず1作目を見るんですよ、もう恒例行事。

あとはやっぱりマドンナにリリーさんが出てくるシリーズかな(11作「寅次郎忘れな草」、15作「寅次郎相合い傘」、25作「寅次郎ハイビスカスの花」、48作「寅次郎紅の花」)。




ハワイに行こうとしたけど行けなくて、家に引きこもってたっていう話もありましたよね(4作「新・男はつらいよ」)。あれも面白かった。

──印象に残っているシーンを教えてください。
本当にいろいろあるんですが、感慨深いのは寅さん最終作のラストシーンです。最後は神戸の震災跡地のロケで終わるんですけど、神戸は僕の生まれ故郷なんです。僕が生まれた1969年に寅さんが始まり、僕が生まれた街で寅さんが終わるという、勝手に運命めいたものを感じていることもあって、あのラストシーンは印象深いですね。
山本直純さんの音楽は“和のモダン”。いつの時代にも色あせない
──これはぜひお聞きしたいのですが、同じ作曲家として寅さんの音楽担当・山本直純さんにはどんな印象をお持ちですか?

ありきたりな表現ですけど、作曲家としてものすごく尊敬しています。山本直純さんの書かれる“和のモダン”はいつ聴いても色あせないものがあって、聴いたただけで日本の風光明媚な景色の中に誘われてしまうんですよね。
僕は何年か前に『いなり、こんこん、恋いろは。』というアニメ作品の音楽を書かせていただいたんですけど、そこには山本直純さんの世界観をちょっとスパイスとして入れているんです。
メインテーマの『いつも、こころに、青い空。』という曲は聴く人が聴いたら「この人、山本直純が好きなんだろうな」とわかると思います。自分の作品の中でもベストワークだと思うので、ぜひ聴いていただきたいです。
「男はつらいよ」のような名曲が書けたら、もう死んでもいい
──妹尾さんは『男はつらいよ』メインテーマをカバーされていますが、これはどういう経緯で?
デビューアルバムのレコーディングの時から、すべての録音を終えたら余興で『男はつらいよ』を弾くのがなぜか恒例だったんです。プロデューサーさんとはいつかアルバムに入れようねって話をしていて、僕が生まれ育った昭和という時代を振り返るというコンセプトのアルバム『RETRO MODERN DANDY』(2009年)でそれが実現しました。
僕のカバーは原曲と比べて洗練されているねとよく言われるんですけど、僕としては山本直純さんに対する尊敬の念を込めて、割と忠実にピアノで弾いたつもりです。原曲はオーケストラを使っていますけど、ピアノ1台で弾くとモダンな印象がより際立つのかもしれませんね。
あんな曲が書けたらもう死んでもいい!ってぐらいの名曲だと思いますよ。
妹尾 武の「男はつらいよ」ピアノアレンジ講座
──妹尾さんバージョン『男はつらいよ』のアレンジで、気に入っている箇所をピアノを弾きながら解説していただけませんか?
もう全部好きなんで。まあイントロは普通にこうですね。(動画0:21~ ピアノを弾く)好きなところはこの辺。(動画0:28~ ♪今日も涙の日が落ちる)コードはちょっと変えているかもしれないけど、ここのメロディがすごく好きです。
──コードに何か1音、アレンジが入ってるんでしょうか?
多分入ってますね。たしか原曲は♪奮闘~ってところ、G7というコードなんですけど、ここに“ミ”の音を足すだけでちょっとジャズ風になります。(動画1:20~ ジャズ風『男はつらいよ』を弾く)
『男はつらいよ』はメロディがいいのでいろんなコード付けができるんですね。ピアノの教室みたいになってますけど(笑)。
──ジャジーにアレンジしても、それを抱擁してくれる曲なんですね。
そうですね。たとえばこんなのも。(動画1:54~ アレンジ版『男はつらいよ』を弾く)自分の手癖を入れちゃうこともあるんですけど、レコーディングしたバージョンは元のコードに忠実だと思います。
──ちなみに今の手癖が入っているのは何風?
妹尾風でしょうね(笑)。ライブ会場だとこんな風に『寅さん』に『ユーモレスク』を混ぜてみたり。(動画2:37~ ユーモレスクが混ざった『男はつらいよ』を弾く)こういう遊びをすることもありますね。
──素晴らしい!本当にありがとうございます。
名曲ってどんなアレンジ、どんな編成でやってもやっぱり名曲なんですよね。『男はつらいよ』には確固たる素晴らしいメロディがあるので、どんなアレンジをしても良く聞こえるんだと思います。
「港めぐりツアー」には、その日、その時、その場所でしか味わえないサプライズがある
──最後に「港めぐりツアー」の見どころを教えてください。
会場がいわゆるコンサートホールのような遮音性の高い場所ではないので、ライブ中に外の音が聞こえてくることがあるんです。しんみりしたバラードを弾いてたらいきなり花火の音がドーン!とか、港の方から船の霧笛がボーッ!って聞こえたり、そうかと思えば急にどしゃ降りになって雨音をバックに演奏したりとか。
天気がいい日には「ちょっと寅さんを弾いてみようかな?」ということもあります。特別ゲストが登場する日もあるので、その日、その時、その場所でしか味わえないサプライズを楽しんでもらえたら嬉しいですね。
それぞれに趣のある4つの会場。寅さん第6作のロケ地もすぐ近くに!
──「港めぐりツアー2017」の4会場を簡単にご紹介いただけますか?

横浜の山手ゲーテ座(2017年5月13日[土])は会場のすぐ近くに「港が見える丘公園」があって、そこからは横浜の景色が一望できます。寅さん第11作でリリーさんが『港が見える丘』という曲をキャバレーで歌っていましたけど、あの曲はここからの景色を歌っていると言われています。
北九州の門司港三井俱楽部(2017年6月3日[土])と、長崎の旧香港上海銀行長崎支店記念館(2017年6月4日[日])はレトロモダンな洋館です。どちらも電車の終点にあって小ぶりな会場ですけど、すごく高貴なものを感じさせる空間です。

長崎の方はすぐ近くに寅さん第6作のロケ地(寅さんと宮本信子が出会うシーン)があるので、『男はつらいよ』ファンにはおススメかもしれません。といっても映画の風景からはだいぶ変わってしまいましたけど。

神戸の布引ハーブ園・森のホール(2017年6月10日[土])は、新神戸駅からロープウェイに乗って、頂上まで登ったところに会場があります。天気が良ければコンサート後に“百万ドルの夜景”が見られるという素晴らしい会場です。
──そういったロケーションの妙も楽しめるのが「港めぐりツアー」なんですね。
神戸ではコンサート前には天気が良くなかったのに、終わった頃にはすっかり晴れて最高の夜景が楽しめた、ということもありました。何が起きるかわからないけど、起きたら起きたで忘れられない思い出になるというのが港めぐりツアーですね。
何泊かしてコンサートと旅行を一緒に楽しまれる遠方のお客さんもいらっしゃいますので、ぜひ小旅行気分で会場にお越しいただければと思います。
「港めぐりツアー」で、音楽が作り出す“ご縁”をぜひ感じてほしい
──最後に、「港めぐりツアー2017」に向けた意気込みをお願いします。
「港めぐりツアー」というタイトルには、“みなさんとめぐり逢う”っていう意味もあるんです。“みなと”、“めぐり”、逢うって。
2005年から始めて今年でもう13回目になりますが、毎年来てくださるお客さんにも、今回初めて来てくれるお客さんにも、音楽が作り出す“ご縁”をぜひ感じていただけたらと思います。
──やっぱり、寅さんのように48回まで続けます?
いやいや、さすがに無理ですよ(笑)。でも、日々生きていることへの感謝や、今年もまた会えたねという喜びを、毎年みなさんと共有できたらいいなと思ってツアーを続けています。いつまで続けられるかはわかりませんけれど、気持ちだけは永遠にと思っています。

妹尾 武(せのお たけし) プロフィール

妹尾武(せのお たけし)プロフィール
ピアニスト・作曲家
1969年12月26日 神戸生まれ
1995年、大学在学中に作曲した「So Heavenly.」が細野晴臣選曲・監修のコンピレーションアルバムに収録されたのを機に、プロとしての音楽活動を開始。以降、ゴスペラーズ、髙橋真梨子、鈴木雅之、加藤登紀子、Lyrico(露崎春女)、Baby Boo、藤原道山、夏川りみ、谷村新司、松任谷由実といったアーティストのレコーディングにピアニストとして参加。 また、作曲家としても様々なアーティストや映画、テレビドラマ、CMに楽曲提供をしている。
自身もアーティスト活動を展開しており、妹尾武名義では計8枚のアルバムをリリース。2007年には藤原道山(尺八)、古川展生(チェロ)との3人組ユニット「KOBUDO-古武道-」を結成し、計6枚のアルバムを発表している。好きな映画は「男はつらいよ」で、その影響を受け自らのコンサート企画「港めぐりツアー」を毎年行っている。最も敬愛する音楽家はセルゲイ・ラフマニノフ。
【主な提供作品】
「永遠(とわ)に」(作曲)ゴスペラーズ
「氷の花」(作曲)ゴスペラーズ
「新大阪」(共作曲)ゴスペラーズ
「After The Rain」(作曲)黒沢 薫
「明日は来るから」(共作詞・作曲)東方神起
「枯れない花」(作曲・編曲・Cho.)高橋真梨子
「花霞」(作詞・作曲・編曲)夏川りみ
「君の未来、僕の想い」(作曲・Cho.)鈴木雅之
「Friends before Lovers」(共作曲)K
「キセキノハナ」(作曲)Lyrico
「あなたの腕のなかで」(作詞・作曲)平原綾香
「調和 oto ~with reflection~」(編曲)KOKIA
「愛するたびに生まれかわって」(作曲・編曲)増田いずみ
「絆 ki・zu・na」(共作曲)加藤登紀子
「We are ~僕らはここにいる~」(作詞・作曲・編曲)Baby Boo
「Day Of Lights」(作詞・作曲・編曲)AJI
「ココロノジカン」(編曲・Cho.)谷村新司
「Beautiful Days」(作曲・編曲)宮本笑里
「風のゆく道」(作曲・編曲)amin
「イツクシミ」(作詞・作曲)上間綾乃
【「妹尾 武」名義・主なアルバム】
「FORTUNE -SENOO SONGBOOK-」(2013)Capital Village
「Anchors. The Best of Senoo 2000-2009」(2009)Silent/POLYSTAR
「RETRO MODERN DANDY」(2009)Silent/POLYSTAR
【「KOBUDO -古武道-」名義・主なアルバム】
「cuisine de classic」(2015)ホリプロ
「OTOTABI-音旅-」(2013)DENON
「イツクシミ」(2011)日本コロムビア