寅さんファンに聞く「寅さんとわたし」第4回~小諸観光協会 人力車俥夫(しゃふ)・一井正樹さんの巻

ichii05

今回のゲストは、長野県の小諸市観光協会にお勤めの、人力車俥夫(しゃふ)の一井正樹(いちい まさき)さんです。

長野県小諸市といえば、40作『寅次郎サラダ記念日』のロケ地であり、残念ながら現在は休館中ですが「渥美清こもろ寅さん会館」がある町として寅さんファンに知られています。

一井さんは俥夫業のかたわら、この寅さん会館の存続を願う有志団体・ココトラ(正式名称:コモロ寅さんプロジェクト『いつもココロに寅さんを♪』)の代表として、寅さん全48作をフィルム上映するというイベントを主催し、小諸の町おこしに奮闘しています。

ココトラ設立の理由、なぜあえてフィルム上映会を開催するのか等々。詳しいお話をおうかがいしてきました。

取材日:2014年12月14日
取材場所:小諸城址懐古園 / 停車場ガーデン

失意の日々、長渕剛がきっかけで寅さんに出会う

人力車のお仕事をはじめてから、どのくらいになりますか。

2010年9月からですので、現在5年目です。わたしが30歳の時、小諸市観光協会が人力車の俥夫を募集しているのを知って、この世界に飛び込みました。

ichii02寅さんばりの流麗な前口上を経て、いざ出発!

ichii03 小諸・懐古園の人気者としても大活躍

人力車がメインですけど、観光案内をしたり、一緒に記念写真を撮ったりと、まあ懐古園のマスコットボーイといいますか、ミッキーマウスみたいなもんですね(笑)。

30歳にして俥夫という経歴は珍しいと思うんですが、きっかけは何だったのですか?

話すと少し長くなりますが、いいですか?これには少し寅さんも関わっているんですよ。

ぜひ教えてください。

高校卒業後に岩手から上京して、数年間は空手道場に入門して内弟子として修行していました。内弟子には期限の定めがありましたので、道場を出て25歳からは働きながら大学に通って、卒業後の29歳からは農業関連企業に就職するため長野に移住してきたんです。

当時、すでに結婚してましたから、相手先のご両親にも大見得を切って、相当な決意でこちらに移住したんです。その後、1年目はまだよかったんですが、仕事の責任範囲が広がる2年目からは仕事に全然ついていけず、毎日怒られてばかりで自信を失くして、ある時から会社に行けなくなってしまったんですよ。

あれだけ大見得切ったのに、何もできない自分に絶望してしまって。早い話がひきこもりですね。会社には休職扱いにしてもらって、3ヶ月ほど自宅で静養していました。

しばらく何もできない状態が続きましたが、少しづつ音楽を聞いたり、映画を見たりということをはじめていって、そんな時に寅さんに出会ったんですね。

私は長渕剛が大好きなので、彼の作品はだいたい見ているんですが、唯一彼が出演している寅さんだけは見たことがなかったんです。

『幸福の青い鳥』(37作)ですね。

剛が目当てだったはずが、「寅さんって面白いなあ!」と、寅さんのキャラクターがとても印象に残ったんですね。

そのあと、武田鉄矢とか三船敏郎とか、出ている俳優で作品を選んで何本か見るうちにすっかりハマって「これはすごいシリーズだ、気合を入れて全部見なくちゃ!」と(笑)。それから、毎週1本づつ1年かけて48作全部見ることをはじめました。

それと並行して少しづつ元気も取り戻してきたので、新しい仕事探しをはじめて、ようやく今の仕事に出会うと、まあこういう経緯なんです。

ichii01 一井さん(写真左)と、新人俥夫の磯貝さん

再起には、やはり寅さんが影響していますか。

寅さんがなかったら今の自分はないといっても過言ではないですよ。落ち込んでいた時期は、妻の支えと同じくらい寅さんには支えられましたから。

『寅次郎心の旅路』(41作)にも、仕事の苦労から心を病んだサラリーマンが出てきますけど、わたしもまさにあんな感じでしたからね。

寅さん会館の存続危機に、寅さんファン2名が立ち上がる

komoro46 2012年12月以降、休館が続く「渥美清こもろ寅さん会館」

その後、ココトラの活動にはどう繋がるのでしょうか。

寅さんにハマり始めた頃は、寅さん会館もまだオープンしてましたので、暇さえありゃあ行ってたんです。いつの間にか会館の方とも仲良くなって、しまいにはお茶まで出していただけるようになって(笑)。

そうすると、寅さん会館の運営が大変な状況にあることがだんだんわかってきたんです。会館はもともと、渥美清さんの友人だった井出勢可(いで せいか)さんという方が私財を投じて、市と共同出資で立ち上げたんです。でも、実質の運営は井出さんとそのご親族がやっていて、ご高齢になるにつれ運営もどんどん難しくなっていくわけです。

このままいくと閉館せざるを得ないし、小諸市も会館を観光資源として活用せずに売却してしまうんではないかと。来館した山田洋次監督もおっしゃってましたが、ここにある展示品は映画史的に見ても貴重なものばかりなので、それが散逸してしまうのはどうしても避けたかったんです。

なんとかしなければということで、2012年4月、私と副代表・渡辺の二人でココトラを発足しました。「寅さん会館を存続させる」「観光地として小諸をPRする」「寅さんを知らない世代にその素晴らしさを伝える」というのが設立趣意ですね。

どんな活動からスタートしたのですか?

会館には今や貴重なフィルム映写機があるので、その設備をアピールするためにも、あえてフィルムで寅さん上映会をやろうと。そんなアイデアから2012年6月、小諸市が舞台の40作『寅次郎サラダ記念日』のフィルム上映会を開催しました。

ichii06 寅さん会館にある貴重なフィルム映写機

東日本大震災の影響で小諸にもたくさん避難者の方がおられたので、この方たちを無料ご招待するボランティア上映会という形にしました。その趣旨にご賛同いただき、松竹さんにはフィルムを無償提供いただくなどご支援もいただいて、なんとか開催することができました。

上映会の反応はいかがでしたか?

とてもよかったですよ。上映後は車座になってみなさんのお話をうかがったんですが、「不安ばかりの毎日だけど、ひさしぶりに笑えました」という方や、「寅さんを見て元気になった」という方もいて、本当にやってよかったなと思いました。

その後、会館はやはり休館ということになってしまいましたが、観光資源としての利活用プランを小諸市に提案したり、2014年6月からは念願の全48作上映会をスタートさせたりと、地道に活動を続けています。

ichii11 上映会設営作業を行うココトラのみなさん

面白いようにつながっていく寅さんの輪

ココトラで一緒に活動するみなさんとは、どうやって知り合ったのですか?

これも面白いご縁がありましてね。立ち上げから一緒にやっている副代表・渡辺さんは、はじめは人力車のお客さんだったんですよ。

ある日、男性一人のお客さまから電話予約が入りまして、なかなか珍しいことなんで当日理由を聞いてみたら、私が寅さん好きだというのを観光協会ブログで見たらしく、それでわざわざ予約してきたと。人力車目当てでなく、ただ同じ趣味の人と寅さん話がしたかっただけだったんですね(笑)。

ココトラ東京支部長の鎌田さんもそんな感じですね。彼は寅さん会館を見にわざわざ東京から来たんですけど、休館中ということを観光案内所で知って呆然としていたんです。

「寅さん好きの俥夫ならいるよ」と紹介されて、仕方がなく懐古園に来たんですが、わたしと話が盛り上がった結果そのまま飲みに行くことになりましてね(笑)。そんなきっかけで仲良くなりました。

寅さんの衣装担当だった本間さんもメンバーにおられますよね。どういった経緯でココトラに参加されたんですか?

本間さんは小諸に別荘を持っていたんです。最初の頃は活動のアドバイスをいただく程度でしたけど、2014年からは仕事をやめてこちらに移住されましてね。「僕は小諸市民になったよ。仕事よりこっちのほうが大事なんだ!」といってくれて(笑)。本当にありがたい存在ですね。

ichii07 29作『寅次郎あじさいの恋』から衣装担当をしていた本間さん(写真右)

寅さんは、きちんと光をあてれば立派な観光資源になる

ichii04 今後の展望を熱く語る一井さん

寅さん全48作上映会のご苦労などはありますか?

なによりも集客が課題ですね。毎回50名程度までは動員できるんですが、正直この動員では運営コストをまかなえないので、みなさまからいただいた協賛金を切り崩しながら運営を続けている状態です。集客活動と協賛集めにはかなり苦労しています。

小諸市のPRにもなりますし、ぜひ続けてほしいですね。

そうなんです。寅さん会館存続も目的ですが、小諸に来る人をもっと増やしたいというのが活動の大前提ですから。

「寅さんなんて年寄りが見るもの」「観光の目玉になんかなりっこない」という厳しいご意見を持つ方もおられますけど、上映会には東京、名古屋、北陸と、県外からのお客さまも毎回数名いらっしゃいますし、寅さんはきちんと光をあてれば立派な観光資源になると思うんです。

これからの上映会ではどんな展開をお考えですか。

上映会のターゲットは寅さんを知らない若い方、特に女性を想定していますので、いつか女性限定の「寅さんレディースナイト」をやりたいんです。

森本千絵さんのように発信力のある方をゲストにお呼びして、たとえば昭和のファッションや、マドンナの魅力をみんなで学ぶ、みたいな。

やっぱり女性に人気のあるコンテンツは、他を巻き込んでいく力がありますからね。

寅さん全48作上映をやり遂げることができたら、感慨深いでしょうね。

普通に月イチで続けていくと、4年後ですか……。完走できたら灰になっているかもしれないな(笑)。でも、上映会はなんとかやり遂げて、寅さん会館も観光のシンボルとして復活させたいですね。

だって、渥美清さんの国民栄誉賞の楯が、小諸にあるというのは凄いことですよ。普通に考えてご自宅に飾っておくべき貴重な品々を、ご家族のみなさんが渥美さんと小諸のゆかりを尊重して、わざわざ寄贈いただいてるんですから。

これから時代が進めば進むほど、寅さんは多くの人に再評価されるはずですし、だからこそ、寅さん会館は後世に残していかなければならないと思っています。

本日はありがとうございました。

一井正樹(いちい まさき)さん 略歴

【生年】1980年 岩手県出身
【職業】人力車俥夫(小諸市観光協会所属 人力車こもろ轟屋)
【趣味】歌をうたうこと、映画を見ること、うまいものをたらふく食うこと

【寅さん歴】6年

【好きな作品3つ】17作『寅次郎夕焼け小焼け』/40作『寅次郎サラダ記念日』/15作『寅次郎相合い傘』

【ベストマドンナ】4作マドンナ・栗原小巻(マドンナではないが、初期作品のさくらは別格!)

【好きなシーン】リリーの晴れ姿を思う寅さんのひとり語り(15作『寅次郎相合い傘』)/ハワイ行きに浮かれまくる寅さん&おいちゃんおばちゃん(4作『新・男はつらいよ』)/「日本の男は目で言うよ」珍説すぎる寅さんの日本男子恋愛論(24作『寅次郎春の夢』)

「寅さんとわたし」トップに戻る

      2016/06/13

 - 寅さんとわたし