山田洋次をしみじみ味わうシリーズ#1 さりげない日常風景のカットに託された演出意図を味わうの巻

日本料理では、もみじ、松葉、笹など、四季折々の自然の葉を皿に盛り付けて季節感を演出しますが、山田洋次作品にはこの"葉"のような役割を果たしているカットや演出が作品の随所に見られるのが特徴です。

料理の味(=ストーリー)そのものに影響を与えることはありませんが、料理(=映画)の美しさを引き立て、作り手の真心を伝える上で重要な役割を果たしています。

あまりに奥ゆかしくさりげない配慮なので、見落としてしまうこともしばしばですが、そんな葉(=カット)に込められた演出意図を知覚できると、寅さん映画の奥行きはぐんと増し、感動はさらに深いものとなるはずです。

本エントリでは、そんな山田洋次らしい演出の中で特に私が大好きなものをご紹介していきたいと思います。

第12作『男はつらいよ 私の寅さん』より

まずは第12作『男はつらいよ 私の寅さん』から。

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寅さんは幼なじみのデベソ(前田武彦)と再会。昔話でたいそう盛り上がった二人は、さらに旧交を温めるべくデベソの家へと向かいます。二人がはしゃぎながら川沿いの道を歩いていくと、同じようにじゃれあいながら歩く小学生男子二人組とすれ違います。

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写真でみると非常にわかりやすいですが、画面左上は現在の寅さんとデベソ。一方、画面右下の小学生二人組は、幼き日の寅さんとデベソを象徴しているのでしょう。小学生の一人が寅さんと同じように帽子をかぶっていることからもそのような演出意図が見てとれます。

このカットでは、かつての二人を映像の端に登場させることで、幼き日の友情がいつまでも変わらぬものであることを表現しています。なんでもない場面転換のシーンに、このような意匠をさりげなく織り込むあたり実に山田洋次らしい。

第18作『男はつらいよ 寅次郎純情詩集』より

続いて、第18作『男はつらいよ 寅次郎純情詩集』より。

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マドンナ綾の病死後、葛飾柴又を旅立つことにした寅さん。柴又駅ホームで電車を待つ間、人の命のあっけ無さについて、見送りにきたさくらと会話を交わします。

その視線の先には、産まれたばかりの子供をあやす母親がいます。しばらくするとそこに一輪の赤い花を持った、卒業式を終えたばかりの女子大生たちもやってきました。

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このカット、綾の死について語る遠景に赤ちゃん→女学生→母親という女性の人生ダイジェストを見せることで、観客にマドンナ綾の一生を想起させたいという意図があるのだと思います。

晩年は病魔に苦しんだ綾も、女学生として恋にときめく青春時代を謳歌したこともあったはずです。映画本篇で語られなかった綾のストーリーは遠景の女学生に託され、彼女たちが手にしている一輪の花は、その青春の美しさ、儚さといったものを暗示しているものと私は解釈しています。

このカットがなくとも映画としては十分成立しますが、なにげない日常生活の風景を通じて、言葉以上のしみじみとした感動を観客に与える仕事ぶりはもう流石のひと言であります。

凡庸な映画監督であれば、登場人物にそれらしい表情でセリフを喋らせたり、ムダな回想シーンを差し挟んでみたくなる場面ですが、山田洋次監督の場合、丁寧に撮影されたこのカットを差し込むだけでもう十分なのです。私が山田洋次作品をこよなく愛する理由がここにあります。

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      2016/06/01

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