渥美清のアドリブ芸~『フーテンの寅』”イロノーゼ”のくだり

知られざる渥美清』(大下英治・著/廣済堂文庫)は、渥美清の仕事・人柄・人生を追いかける長編ドキュメントノベル。この本によれば、第3作『男はつらいよフーテンの寅』にも渥美清のアドリブがあったという。

『フーテンの寅』は男はつらいよシリーズ全48作中、山田洋次監督がメガホンをとっていない2作品のうちのひとつ。名作との評価も高い『ペコロスの母に会いに行く』の森崎東監督作品である。森崎監督と渥美清のやり取りに関して、以下『知られざる渥美清』から引用する。

渥美は、『フーテンの寅』でも、そのたくみなアドリブをいかんなく発揮した。森崎が書いた脚本に、「インテリの頭ってのは、テレビの裏側みたいにごちゃごちゃしている。ノイローゼをイロノーゼってまちがっていっちまう」というセリフがあった。森崎は、それでいいかなとおもっていた。 ところが、渥美は、本番になると、アドリブをつけた。

「インテリの頭ってのは、テレビの配線のようになってますが、わたしなんざ、一本の線ですから」

わたしなんざ、一本の線ですから、と渥美がいうことで、観念的だった言葉が活き活きと息づいてきた。森崎は、あらためて渥美の感性に感心した。

さて、その該当シーンであるが、寅さんはこのようなセリフをいっている。
ironoze

寅「ははあ…。それは完全なイロノーゼですよ。ええ。尻っぺたの青いインテリが、とかくかかりがちなイロノーゼってヤツですね。つまり色気って言うのは頭にあがってくるんで、それでイロノーゼです。これはすぐ治るんじゃないですか」

寅「インテリというのは自分で考え過ぎますからね、そのうち俺は何を考えていたんだろうって、わかんなくなってくるわけなんです。つまり、このテレビの裏っかたで言いますと、配線がガチャガチャにこみ入ってるわけなんですよね、ええ。そういう点、私なんか線が一本だけですから、ま、言ってみりゃ空っぽといいましょうか、叩けばコーンと澄んだ音がします。殴ってみましょうか?」

「尻っぺたの青いインテリ」「色気は頭にあがってくるんでイロノーゼ」「テレビの裏っかたでいうと配線がガチャガチャ」。このあたりの言語感覚は非常にエキセントリックで、いくら森崎東や脚本共著者の山田洋次といえども、なかなか出てこない言葉のように思われる。これは明らかに渥美清の創作だったのではないだろうか。

さらには、バカな寅次郎が、インテリを上から目線で批評することのおかしさを醸しだすため、普段の寅次郎が使わない「とかく」「つまり」という気取った言葉を入れ込むあたりも絶妙である。結局、寅さんはインテリ批判をもっともらしくしているものの、「イロノーゼ」という致命的ないい間違いをして、最終的には余計バカに見えてしまう

寅さんのいかにも「バカ」という感じの間抜けな表情、「インテリ」という時の声の裏返り具合などは、天下一品の名演である。男はつらいよ後期作品になると、こういう明らかにバカな寅さんというのは影をひそめ、だんだんと「学はないけど本質をついたいいことを言う」キャラへと変化をしていく。

このように「バカ」な寅さんを楽しめるのは初期作品、とりわけ森崎東監督の『フーテンの寅』に顕著であり、私がこの作品を大好きな理由の一つでもある。

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      2016/06/01

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